きのう、母のいる施設に行った。
母は、ちょうど寝たところだった。
前回初対面の男性新入居者、Nさんがいすに腰をかけていた。
顔を見て、あ、今日は調子が悪そうだなと思った。
ここの入居者の方たちは好不調の波が激しい。
私は、皆さんを鏡にしているので、こういうとき自分も頭がさえているときとボーっとしているときがあることを再確認する。
今日の私はどっちだろう。
Nさんは、目に力がなく、ぐったリいすに座っているようだった。
おやつを食べた後で胸のあたりが汚れているのを職員さんがふこうとしたらNさんがいやがった。
「かまわんといて」
「ちょっとふかせてくださいね」
「かまわんといて!」
「ほら、ちょっと・・・」
「かまわんといて!かまわんといて!かまわんといて!」
普段穏やかな入居者たちが、たいしたことではないのに激高することがある。
Nさんも、顔を見ている分には、微笑を絶やさず温厚そうな方だ。
私はNさんの隣に座った。
「Nさん、血圧上がりますよ」
「血圧上がりっぱなしや。すぐかっとなるねん。それで嫌われるねん」
よくわかっておられるようだ。
「酒は飲むんですか」
「飲む。二升くらい飲む」
「二升!それはすごいですねー」
「晩酌や。ビール一杯。あとは酒」
しばらく酒の話をして
「いやー、でも二升も飲んだらからだこわしますよ」
「誰が二升飲むて?」
「Nさん、二升飲むんでしょ」
「二升も飲めるかいな。二合や」
こういう方との会話にはなれているはずだが、ときどきこける。
話をするうちに、Nさんの目に力が回復してきた。
「トイレどこや」と言い出したので職員さんを呼んだ。
立ち上がりながら私に
「男子トイレがどこかわからんようになってきてな。まちごうてたら、『N!』て声かけてや」
しばらく隣に座って話をしていて、母の方へ行こうと立ち上がった瞬間、Nさんが私を見上げて声をかけた。
「座って〜な。ワシの守りもして〜な」
「あはは、Nさん、お守なんかいらんでしょ」
「話し相手がほしいねん」
そうですか。
私でよければ。
こういう、「人生を一応終えた方」というか「人生を抜けた方」というか、なんと言えばいいのかわからんが、とにかくこういう方との会話は、たまに少しだけなら、いいものである。