日曜に母のいる施設に行った。
クリスマスパーティであった。
入居者のSさんは陽気な女性だ。
一人でわけのわからないことを言っては、声をあげて笑う。
ところが、Sさんが笑うと、Nさんが怒る。
Nさんは、わりと新しい入居者で、80過ぎの、一見スマートな老紳士である。
話も結構通じるので、私は喜んでいたのであるが、色々難しい面が見えてくる。
その一つ。
突如切れて怒り出す。
Sさんが笑うと、すさまじい大音声で、「笑うなーっ!」と叫ぶ。
自分が笑われていると思うのだろうか。
あるいは、人が楽しそうに笑っているのが気に食わないのだろうか。
Sさんは、「おおこわい」と言って肩をすくめるが、恐いのではなく驚いただけだろう。
Nさんには気の毒だが、入居者をいくら恐がらそうとしてもダメだ。
大声に一瞬驚いてもすぐ忘れる。
大声を出しても無駄です。
もちろん、無駄ですよ、とNさんに言っても無駄だ。
相手が痴呆性老人だから言っても無駄だというのでもない。
私に忠告しても無駄なことが多い。
やめたほうがよろしい。
さて、Sさんがすぐまた何かわけのわからないことを言って、あははと笑った。
Nさんがまた、「笑うなーっ!」と怒鳴る。
「あらこわい」
Sさんがまた笑ったとき、Nさんが絶叫した。
「笑うなーっ!泣けーっ!」
な、な、泣け?
ユニークなお言葉である。
「泣けーっ!」というような怒鳴り声はなかなか聞くことができませんよ。
私はNさんに、「笑ったっていいでしょ。楽しいことがあって笑うのはいいことやないですか」と言った。
Nさんは、「まあ、そういう言い方もできるな」と答えた。
意味ありげな答だが、意味はないですよ。
痴呆性老人の言うことだから、意味ありげだが意味がないというのではない。
私の言うことも意味ありげだが意味がないことが多い、というかほとんどだ。
さて、Nさんはカーッとなったあとでよく言う。
「わかってるねん。わかってるねんけどな・・・あかんねん。これやから、きらわれるねん」
これを聞くと、しみじみしてしまうのである。
Nさんは、80年間、こう思い、こう言いつづけてきたのであろうか。