母のいる施設で。
声にも色々あるものだと思う。
81歳の男性Nさんは明るい声だ。
明るい声で好感が持てるのだが、時々怒鳴る。
いくら明るい声でも怒鳴るのはよくない。
Nさんは、入居者の男性によくあるタイプで、何かと命令する。
この施設で見ていて、男はつくづく厳しい生き方を強いられてきていると思う。
上下関係の中で生きてきて、やっとこさ上下関係のないところにやって来たのに、そこから抜け出ることができない。
女性でも、会社の経営をしてきた人は多数の男と同様、命令的管理的である。
Nさんが明るい声で怒鳴っている。
「おーい!キャンセルや!キャンセルやぞ!キャンセルしたか!?」
「何をキャンセルするんですか」
「ゴルフ!オールキャンセル!」
「ゴルフをキャンセルするんですか」
「そや!オールキャンセル!ちゃんとキャンセルしとけよ!カネ払えへんぞ!」
カ、カネ払えへんぞ・・・。(-_-;)
ぼけてるのかしっかりしてるのかわからん。
色々明るく怒鳴ってる。
「ティッシュとって!」
「キャンセルしたか!」
「おーい!おしっこ!」
Nさんは自力では歩けない。
支えてもらって立ち上がる。
職員さんがトイレに連れて行こうとすると、また怒鳴る。
「ちがう!向こうや!」
「いえ、こっちですよ」
「ちがう!右や!」
「はいはい」
冷蔵庫の前に来て、ドアを開けようとする。
「あ、そこは冷蔵庫ですよ」
「なにっ!こことちがうんか!?」
「トイレはむこうです」
「おしっこ!連れて行ってくれ!」
職員さんに支えられながらトイレの前まで来て突然叫ぶ。
「キャンセルや!」
「え?おしっこキャンセル?」
「ちがーう!ゴルフキャンセル!オールキャンセル!カネ払えへんぞ!」
ややこしいではないか。
しばらくしてまた怒鳴る。
「おーい!連れて行ってくれ!」
「どこへ行くんですか」
「202号!」
「202号?」
「ヨメさんの病室や!ヨメさんの顔見たいねん!連れて行って!」
同じように怒鳴ってもしみじみするではないか。