朝日新聞でピック病が紹介されている。
若年性認知症の一つで、発見者の名前がついている。
この病気になると、万引きをしたりすることが多いそうだ。
ある市の課長で、まじめに勤めていた人が、万引きして懲戒免職になった。
言動がおかしいので、家族が医者に見てもらったところ、ピック病と診断されたという記事だ。
この病気を知ったのは十年以上前のことだ。
母が、要介護老人施設に入所した。
私が初めてその施設に行ったとき、受付の前にスーツを着た60代と思える女性が立っていた。
堂々たる職業婦人という感じで、施設の理事かなにかだろうと思った。
あいさつすると、にっこり笑って会釈された。
土曜か日曜に行くたびに、同じ場所にその女性が立っている。
そのうち、なんだかヘンだなという気がしてきた。
どことなくおかしい。
父はしょっちゅう行っていたので、父に聞いた。
なんと、その人は入居者で、ピック病という病気だと言う。
その後、彼女がテーブルでトランプをならべる姿をよく見た。
占いだろうか。
きれいにならべては、何らかの法則にしたがっているかのように一枚ずつ取っていく。
見ている分には、まったくふつうの人だった。
しかし、言葉はほとんど出ず、出ても支離滅裂だった。
経営者だったということだが、施設の職員に対する接しかたがそういう感じだった。
土曜か日曜には、御主人が来る。
彼女にはそれがわかるのである。
それで入り口で待っているのだ。
御主人が来ると、彼女はうれしそうに腕を組んだ。
私も、土曜日曜に行くので、御主人といっしょになることが多かった。
私の父が死んでからは、御主人と父の姿が重なって見えた。
御主人は足が悪く、杖をついていた。
雨の日、車で駅に送っていったことがある。
「この足がなあ・・・。足の動くかぎりは来てやらんと・・・」
症状は進んで、体格の良かった彼女はやせ衰え、動物的な声を発するようになった。
無惨、と言う他ない姿だった。
見るに忍びない。
御主人にとって残酷なことだと思った。
入居者の方がなくなると、いつもほっとして、ご苦労様でしたと思う。
彼女が亡くなった時は、心から良かった!と思った。
今朝、「ピック病」という字を見るまで、彼女のことは忘れていた。
他の人のことはけっこう思い出すが、彼女のことは思いだしたくなかったのだろう。