近鉄学園前駅のホームで、ベンチにすわろうとした私は、ふらふらと吸い寄せられるように二人連れの女性の隣に腰を下ろした。
二人は、70代後半と思える、小柄でころんとした女性であった。
小柄でころんとしたところに吸い寄せられたのではない。
と思います。
一人は頭のてっぺんからつま先までまっくろけで、もうひとりは頭のてっぺんからつま先まで鮮やかな水色であった。
お二人のファッションに関する、なんちゅうか、ポリシーというかコンセプトというかフィロソフィーというか、その種の怪し気なものに吸い寄せられたんでしょう。
まっくろけの人の隣にすわった。
二人はおしゃべりに夢中である。
まず、頭のてっぺんから点検した。
私の得意の「盗み見」です。
「盗み聞き」も得意であるが、ここは「盗み見」に集中する。
帽子がまっくろけである。
左側頭部が私の方に向いているのであるが、なんだか、ぶわ〜っと盛り上がってる。
ちらりと盗み見したくらいではどうなってるのかわからない。
幸いお二人は話に夢中である。
盗み見を中断して、白昼堂々、遠慮会釈なく、人目もはばからず、ジロジロ見る。
ぶわ〜っと盛り上がったものは花であった。
黒い帽子に花が付いているというより、まっくろけの花を帽子にしたというコンセプトなのかもしれない。
その巨大な黒い花びらは、薔薇か牡丹か、はたまた暗黒大陸アフリカの奥地に花開く恐怖の人食い花、学名アグロネズロベクシア・レフネシスかもしれない。
圧倒的存在感である。
頭のてっぺんから下に目を移す。
「首巻き」である。
まっくろけの中で、ここだけカラフルである。
赤、青、黒。
鯉のぼりのお父さんとお母さんと子供たちを引きずり下ろしていっしょくたにして首に巻きつけた感じである。
このあたりで精神的に余裕が出てきたので、盗み聞きも開始。
紫外線の話をしてました。
同じテレビ番組を見たようである。
紫外線には、良い紫外線と悪い紫外線がある。
紫外線ならなんでもダメというわけではない。
紫外線Aが良い紫外線で、紫外線Bが悪い紫外線。
逆かもしれない。
興味のある方は調べてください。
さて、つぎはジャケット。
黒くてスケスケのヒラヒラしたのを重ねてある。
複雑である。
ジャケットから突き出た腕に驚く。
まず左腕。
ブレスレットがカメオである。
直径2センチくらいのカメオが何個か輪になったブレスレット。
薬指に巨大真珠風指輪。
カンロ飴の倍くらいの大きさである。
人差し指に、真っ赤な巨大タイルというかなんというか、まあ、そんなもの。
右腕は、ずしりと重そうな黄金のブレスレット、指輪はぞろぞろ。
化粧品の話になった。
水色の人がまっくろけの人に、どんな化粧品を使ってるのか聞いた。
「あれとあれだけ」
「え!それだけ!?」
「それだけよ。カネないもん」
そ、そーなんですか!
かなりのリッチと想像してたんですが。
ありそうでないのカネかもしれない。
いや、ないという人に限って持ってるのかもしれない。
まっくろけの人がリッチかリッチでないか、判断を保留する。
つぎはパンツ。
私のようなトシだと、「パンツ」は下着みたいで抵抗があって、「ズボン」といいたいところであるが、この場合は「パンツ」というべきだと思うので、あえて「パンツ」と言わせていただきます。
ジャケットと同じ生地だと思う。
スケスケのヒラヒラでピチピチである。
靴も黒である。
ふつうのブーツだと思っていたのであるが、じ〜っと見ると、やはりスケスケである。
メッシュですね。
水色の人が聞いた。
「この靴、久しぶりやね」
「久しぶりよ。長いことはいてない」
「なんで?」
「うんこふんだんよ」
「うんこふんだん?」
「ふんだんよ。・・・メッシュやからねえ」
「メッシュはなあ・・・」
そこに電車がきたので、メッシュの靴でうんこをふむとどうなるのか聞けなかったのは残念であった。