朝日新聞訃報。
図書館学者の前川恒雄さんが亡くなったという記事。
公共図書館の基礎を築いた方だそうです。
今当たり前に思うことも、「先駆者」「開拓者」と言われる方々がいばらの道を切り開く苦労されたんだと思います。
近所の公民館の分館長をした時、公民館について調べてたらやはり「社会教育施設」としての公民館の設立に苦労された方たちがあることを知りました。
「先駆者」は大変だと思います。
「世のため人のため、こういうことが必要なんです!」
「なるほど!おおいにやってくれたまえ!」
これだと簡単ですがそうはいかないんですね。
理屈のわからん人もいるし、理屈はわかるが方法が気に入らんという人もいるし、理屈も方法もいいけどあいつが気に入らんという人もあると思います。
前川さんの記事と写真を見て思い出した。
中学生の時、当時の布施市立図書館に通ったことがあるんです。
なぜ図書館通いを思いついたのか。
たぶん学校帰り、近鉄永和駅からウチまでの途中にあったからだと思います。
アルフォンス・ドーデの『風車小屋だより』を読みに通った。
なぜアルフォンス・ドーデの『風車小屋だより』を読もうとしたのか。
たぶん、国語の教科書で同じ作者の『最後の授業』を習ったからだと思います。
図書館に通って読んだということは、貸し出しをしてなかったんでしょうね。
前川さんは、貸し出し中心の図書館運営を推し進めた方のようです。
布施市立図書館の受付で読みたい本の題名を書いて申し込むんですが、今朝の朝日の前川さんの写真みたいなおじさんがいて本を持ってきてくれた。
中学生の私から見ると完全なおじいさんでした。
今なら「謹厳実直」と思いますが、当時の私にはこわいおじいさんという感じだった。
そのこわいおじいさんが何度目かに私の顔を見るなり、「『風車小屋だより』だね。おぼえちゃった!」と言ってニコッと笑ったんです。
いまだにおぼえてるんだからかなりの衝撃だったんですね。
こわそうなおじいさんがニコッとしたのと、「おぼえちゃった」という「東京弁」が衝撃だった。
当時「東京弁」はかなりの衝撃でしたよ。
近所に「きらわれもの」というほどじゃないけどちょっと浮いてる男の子がいて、ニックネームが「江戸っ子」だったんですから、時代でございます。
前川さんの写真と「図書館」という活字を見て、一瞬あのおじさんかと思いました。