谷崎潤一郎の『細雪』を読んだのは二十年以上前のことで、それまでは、谷崎潤一郎、志賀直哉というと、過去の人という気がして、読む気がしなかった。
『細雪』を読み始めて、すらすら読めるのに驚いた。
すこしもひっかからず、気持ちよく読める。
谷崎潤一郎という人は、日本語が上手だなあと感心した。
なるほど名作だと納得したついでに、志賀直哉の『暗夜行路』も読む気になって、読みかけたがすぐ投げ出した。
十年ほどしてから、もう一度読もうと思ったが、やはり読み続けることができなかった。
イヤな話、という印象だけが残っている。
そんなわけで、私の中では、谷崎と志賀の対戦は、はっきり結果が出ている。
○谷崎●志賀
いや、『暗夜行路』は全部読んだわけではないから、志賀直哉の予選敗退か、あるいは、谷崎の不戦勝か。
私が審判だとすると、試合開始早々、志賀直哉にレッドカードで退場というところだろうか。
先日、机の上に文庫本の『細雪』が置いてあった。
家内が読み返しているようだ。
私も再読する。
やはり、流れるような文章だと、感心したが、四人姉妹が出てくること以外は忘れている。
「上」を読み終わって、「下」を読み始めて、79ページ目に、「板倉」という名前が出てきたので首をひねった。
誰じゃ。
そんな男、出てきたかな。
次のページに、妙子が、奥畑の啓ぼんに愛想をつかした、と書いてあるのを読んで、やはり首をひねった。
妙子がいつ奥畑の啓ぼんに愛想をつかしたのだろうか。
そこで、ピンときた。
「中」があるのではなかろうか。
ありました。
「上、中、下」の三分冊なのであった。
私のカンがよかったから気づいたが、危うく谷崎にいっぱい食わされるところだった。
前にも一度、別の本でこういうことがあった。
そのとき、「上、中、下」はよくない、「1、2、3」にしなさいと、出版界に警告したはずだ。
「中」を飛ばして、「下」を80ページも読んでから気づくなんて、と思う人があるかもしれない。
しかし、小説の筋を追って読むのは初心者である。
私は、谷崎の文章を味わっている。
筋なんかどうでもいい。
それでも、何か変だなと気づくのはたいしたものだと思う。