若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

千松

亡くなった伯母の六十年にわたる日記を、「ある職業婦人の日記」として、ホームページ化して公開しているが、文中、読者にとってわかりにくいだろうな、と思うところには、私が「注」を入れる。

私が入れるのであるから、いい加減な「注」です。

「わかりにくいだろうけれど、ま、いいか」と、「注」無しですますこともある。

昭和32年の日記で、伯母が食事をとるのを待たされて空腹であるのを、「メシはまだかの千松」と書いている。
この「千松」は、特に若い人にはわからないだろうとは思ったけど、どうでもいいようなことなので、説明はしなかった。

「千松」は、歌舞伎の、「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」の登場人物である。
歌舞伎で知っているのではなくて、子供の頃、漫才で見た。

伊達藩のお家騒動の話で、千松は、若君の乳母政岡の息子である。
政岡は、悪党の毒殺計画を恐れて、若君にも千松にも、自分で作った食事を一日一回だけ与える。
で、二人はいつも腹をすかせているのである。
「腹はへってもひもじうない〜」とか言うけなげなせりふが客を泣かせる。
で、「空腹」と来ると「千松」になる。

昔は、こういう歌舞伎など伝統芸能や、「世界の名作」の漫才がよくあった。
ぶっちゃけた話、私の古典に関する知識のほとんどは、漫才によるものである。

「千松」よりは有名だと思うが、清水次郎長知名度はどんなものであろうか。
この人も、昔は漫画などでしょっちゅう取り上げられていたので、子供にとっても有名人であった。

倉沢愛子著「南方特別留学生が見た戦時下の日本人」に、ジョン・ライスさんという人が出てくる。
この人は、インドネシア人で1922年生まれ、13歳の時日本に来て、早稲田大学を卒業している。
インドネシア船主協会理事長を務めた人である。

ライスさんは、「ぼくは日本的過ぎて、インドネシアには合わない」と言っている。
ライスさんにとって、日本の英雄は、清水次郎長だという。
日本に来ると、清水次郎長の墓にお参りするそうである。