ジム・フィスク(1835~1872)という悪名高い男が射殺された事件をアメリカの歴史学者が書いた本です。
ジム・フィスクは南北戦争が終わった後の「金メッキ時代」に暴れまわった「強盗男爵」の一人で当時の超有名人だった。
貧しい家の出身で、行商人から身を起こし、南北戦争のどさくさに綿花の違法取引でぼろもうけして、その後は買収、脅迫その他なんでもありで金に金を産ませてあっという間に億万長者に成り上がった。
「このような生き方があることはアメリカの自慢にならない」と言われた。
良識ある市民の間では「あんな人になってはいけないよ」という感じの有名人だったが大衆の間では大人気だった。
トランプさんみたいな感じですかね。
ジム・フィスクの情婦だったジョシー・マンスフィールドというろくでもない女が、ネッド・ストークスというろくでもない若い男とくっついて、二人でジム・フィスクから手切れ金を脅し取ろうとしたことから裁判沙汰になった。
カネと女がからむ超有名人のスキャンダルにマスコミが殺到、裁判の模様が連日報道される中、ネッド・ストークスがジム・フィスクを射殺した。
当時の新聞にこう書かれた。
「ニューヨーク市の名を汚す事件は数々あったがこれほど世間を騒がせた事件はない」
歴史家が取り上げるような話じゃないと思うけど、まあ時代の空気をよく表してると思ったんでしょう。
『ジム・フィスク殺人事件』は非常に文学的に始まる。
晩秋のパリ、冷たい雨のふりしきる中モンパルナスの墓地に向かう霊柩車があった。
霊柩車の後に従うのは貧しい身なりの女二人とアメリカ人と思える紳士が一人。
影絵のように現れた墓堀人夫が棺を穴におろし、土をかけ終えるとすぐに女たちは立ち去り、しばしたたずんでいた男も深い霧の中に消えて行った。
誰が死んだんや!と言いたくなる。
もったいつけるな!と言いたくなる。
本の終わりになってやっとわかります。
死んだのはジム・フィスクの情婦ジョシー・マンスフィールドなんです。
事件の後姿をくらましてアメリカとヨーロッパを転々としていたみたいです。
霊柩車に付き添っていたのは女中と、ジョシーと縁のあった男性みたいです。
射殺したネッド・ストークスは数年後獄中で死亡。
ジョシーは事件後60年ほど生きた。
射殺事件は白昼衆人環視の中ニューヨークのグランドセントラルホテルで起こったので詳細な記録が残ってます。
ジム・フィスクは二発の銃弾を受けて血まみれになって倒れていた。
知らせを受けて駆け付けた検視官は虫の息のジムを見て「ラッキー!」と思った。
なぜか。
死を覚悟した人の証言は裁判でネウチがあるんです。
瀕死のジム・フィスクに向かって「あなたの住所、氏名、年齢をお願いします」と冷静に質問。
「さて、あなたを撃った男についてお聞きしたいんですが、その前に、あなたは自分が死にかかってるとわかってますね」
「・・・まあ、ちょっとやばいかなとは思いますが」
「え?・・・それではちょっと・・・あなたは回復の見込みがあると思ってるんですか」
「できれば・・・」
「だめだこりゃ」
というようなやり取りがあったそうです。