若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

仮面劇2

イギリス王室仮面劇最大の見どころは芝居ではなく、天才イニゴ・ジョーンズが腕を振るう舞台装置と衣装です。

今回の舞台はどんでん返しからせり上がり、雲が上がったり下がったり、風は吹きすさび雷鳴は轟き稲妻は走り、舞台中央に地球が現われ真っ二つという派手なもの。

イニゴ・ジョーンズが一番気を使ったのはチャールズ1世が乗って空から降りてくる馬車で、落ちたら一大事ですから安定を保つため細かく指示した文書が残ってるそうです。

しかし、著者ウエッジウッドさんによれば、舞台より現実の国王の立場の方がずっと不安定で、仮面劇の余裕なんかなかったはずとのことです。

さて、次の注目は国王の衣装で、このとき40歳、小柄な国王は鮮やかなブルーの体にぴったりした上着で、一面にびっしりと銀の糸で花柄模様の刺しゅう、袖は大きな提灯袖、エリはヒダヒダのビラビラ、下はブルマーみたいなふっくらした半ズボンでこれにも金糸銀糸の刺しゅうがびっしり、長いとは言えない足を白い絹の太ももまでのストッキングに包み、ダンスシューズをはいてるんですが、銀色の巨大なバラの飾りに隠れて見えなくて、帽子も同じく銀色の大きな三角形でダチョウの羽飾りが二段になって揺れているという、まあなんちゅうか、宝塚花組トップか紅白歌合戦小林幸子かといういで立ちで舞台に現れた国王を見た観客は、オエッとなるか、プッと吹き出すか、目を背けるか難しい選択を迫られたと思います。

当時の芝居では、場面が変わるとき幕を下ろさなかったので、観客の注意をそらす必要があった。で、あるときイタリア人関係者が名案を思いついた。

場面を変えるため道具を入れ替えるときに、客席の出入り口の方で、「火事だ!」「人殺し!」「助けて!」などと叫ぶんです。客がそっちに気を取られてる間に仕事を済ませる。

ただ、あまり真に迫っていたため、客が驚いて全員逃げ出して一人もいなくなったことがあると書いてあるんですが、私は、芝居にうんざりしてわざと驚いたふりをして逃げだしたんじゃないかと思います。

さて、最後の仮面劇の客の中でひときわ目立ったのは、イギリス国王妃ヘンリエッタ・マリアの母、元フランス国王妃マリ・ド・メディシスであった。

マリ・ド・メディシスは、メディチ家の血を引くトスカナ公女でフランス国王と結婚、国王が死んでからは息子の摂政として権勢をふるい、成人した息子と激しい権力闘争を繰り広げてついに追放されて娘を頼ってイギリスに亡命した。

命からがら着の身着のまま身一つで転がり込んだのなら同情もされるけど侍従侍女聖職者など大集団で転がり込んで贅沢三昧をしたのでイギリス国民から嫌われたし、たぶん著者のウエッジウッドさんも嫌ってると思うのはこんな書き方をしてるから。

「60代後半の彼女はでっぷりと太り、脂肪のついた顔は知性がにじみ出るというより性格むき出しであった」

「愚かで、ずんぐりむっくりで、誰にも愛されることのない後家」

「劇の最後に、コーラス隊が舞台を降りてマリ・ド・メディシスの席に向かい、彼女をとり囲むと、恥知らずにも『あなたの美貌とあなたの知性が』などと歌った。マリ・ド・メディシスは英語はわからなかったが、お世辞を言ってることくらいはわかったのでうれしそうにしていた」

穏健保守派のウエッジウッドさんがこう書くくらいだから、よほどの嫌われ者ですよ。

で、仮面劇ですが、終わってからうわさを聞いた貴族が、「見た人は、無事終わったとか言ってるけど、無事に済んだはずない」と書いてます。

毎回何かあったんですね。

これが1640年1月の話で、9年後の1月にチャールズ1世は同じ場所で処刑されるんですが、この時はあわてず騒がず堂々たる主役ぶりだったそうです。