若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

盟神探湯(くがたち)

イラクの博物館が略奪にあい、大変な被害を受けたそうである。
関連記事で、ハンムラビ法典の「目には目を、歯には歯を」という有名な文章が引用されていた。
私は、単純に、「やられたら、同じだけやり返せ」という意味だと理解していた。
しかし、その心は、「被害を受けた時、怒りに任せて何倍も仕返ししてはいけない。公正な裁判によって、同等の罰を与える」という意味だという説があるらしい。

古代の裁判といえば、以前から不思議に思っていたのは、歴史の時間に習った、「盟神探湯(くがたち)」である。
これは、疑いをかけられた者が、神に無罪を誓ってから熱湯に手を入れて、その火傷の有無によって、有罪か無罪かを決めるものだという。

とんでもない話ではないか。
これは、「裁判」と言うより、いきなり「罰」ではないのか。
疑いをかけられたが最後、全員有罪まちがいなしである。古代の人は、むちゃくちゃなことをしていたのだなあと、私はあきれていた。

先日読んだ本で、江戸時代に、「焼け火箸裁判」というのがあったことを知った。
村同士の土地争いなどで行われたらしい。
例に挙げられていたのは、佐渡の村であった。甲、乙、二つの村で土地争いとなり、近在の十数ヶ村から庄屋などが立会って、双方の言い分を聞き、検討した。
しかし、どちらの言い分が正しいとも結論が出ず、焼け火箸裁判になった。
甲、乙両方の村の代表が神に誓いを立て、焼け火箸を握ったところ、両方とも火傷をした。

当たり前である。

両方とも火傷をしたということで、争われていた土地は、両村の共有となった。

この、「当たり前である」というところに意味があるのではないか。
近在の村から、良識ある人たちが集まって、衆議を尽くしたけれど、黒白つかない。
その時、当事者たちにあきらめさせ、和解させる手段として、焼け火箸裁判とか、盟神探湯があったのではないか。
佐渡の、甲村、乙村は、よほど意地になっていたのか、焼け火箸を握ったようであるが、ふつう握らんでしょう。

「慎重に議論を重ねましたが、決着がつきません。この上は、焼け火箸裁判で、神様の判定を仰ぎたいと思います」ということになれば、大体、訴えを取り下げたのではないか。

私なら、絶対に取り下げます。