若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

稲荷大明神

今朝、バス停で今年初めてツバメを見た。
ツバメは気持ちがいい。

読者の方からメールが来た。
「この日記は、いつも『お役立ちトクトク情報』満載で、実用的でいいけれど、たまには昨日の様な他愛のない話もいいですネ」

ご好評にこたえて『元禄世間咄風聞集』から。

秋元但馬守は、東照宮造営に際し、将軍家光より惣奉行に任命され日光に赴いた。
彼の部下庄田小左衛門は「大食い」で有名であったが、日光にも大食いの僧がいた。
但馬守はこの二人を対決させた。まず、そばを食いあったが、決着がつかなかったので、飯に汁をかけて食べることにした。しばらくすると、僧が降参した。
但馬守が調べさせると、小左衛門は飯を五十杯食べていた。
心配になって小左衛門の宿に人をやったら、小左衛門は茶漬けを食べているところだった。

この小左衛門という人はよほど有名だったようで、徳川家光の御前でも大食いを披露している。
柿百個と砂糖十斤を食べて見せたそうだ。
将軍の御前で柿の種を出すのは無礼であると、始めのうちは種を飲み込んでいたのだが、家光が驚いて、「種は出せ」と言ったので、後の方は種は出したそうだ。
よかっタネ。

江戸日本橋のまんじゅう屋の話。
ふらりと来た客がまんじゅうを二つ食べて銀四、五匁出した。びっくりして多すぎると言ったが、とっておけと言って帰った。しばらくして、またその客がまんじゅうを食べて銀子を置いて行った。
どんな大金持ちかと、若い者に後をつけさせると、裏長屋に入った。のぞいて見ると、なんと、その男にはキツネのしっぽが生えていた。

驚いた若者は、店に帰って、あれはお稲荷様でございます、と報告した。
次にその客が来たとき、主人は座敷に上げてご馳走した。

「あなた様は稲荷大明神様でございましょう。どうか、我が家が子々孫々富貴であるようお願いいたします」
「それは難しい願いじゃ。しかし、百両のカネに祈祷をして、いくらつかっても減らないようにはできる。小判に水をかけて、杉原紙に包んで用意しておきなさい」

次の日、まんじゅう屋は、三百両の小判に水をかけて杉原紙に包んで待っていた。
男が来て祈祷してくれた。
やれうれしやと男が帰った後で紙包みを開けて見ると、小判はなくなっていて、かわりに銅が入っていた。

元禄と平成、時代は変われど、だます方もだまされる方も、変わりませんね。