若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

「思い出のグリーングラス」8

え〜かげんにせー、という声が強いので先を急ごう。
結論から言うと、Yさんは、さんざんもったいをつけ、気をもませ、じらした挙句、2番もすんなり歌いだしたのだ。
ここまで引っ張っておいて、なんという人じゃ。

Yさんが、すんなり歌いだしたそのとき、「ぷっつ〜ん!」と弦が切れるような音が響いた。
私はあわててギターを見たが、弦が切れたのではなかった。
私の緊張の糸が切れた音なのであった。

イントロを弾き始めてからずっと、今か今かと、Yさんがずれて狂ってつまづいてこけるのを待ち続けていた私は、期待も空しく2番を無事歌い始めたのを聞いて、最後の望みも消え果てたと、張り詰めていた神経が切れ、全身から血の気が引いて頭がボーっとしてしまった。
そして、夢うつつの中で、私は間違ったコードを弾いているのに気づいた。
ひ〜!
Yさんがまともに歌い、私がこけるとは!

後は野となれ山となれという感じであった。
みごと歌い切って先生のインタビューを堂々と胸を張って受けるYさんの後ろで、弾きそこなった伴奏者であるところの私は小さくなっていたのであるが、発表会がすんでから、さらに過酷な運命が私を待ち受けていようとは、神ならぬこの身に知るよしもなかった。

つづく
などというと蹴っ飛ばされそうなので、一気に行こう。

打ち上げの席で、私の隣に座ったYさんが、何か言いたそうにチラチラこちらを見る。
なんだろう。言おうか言うまいかと迷っているようだ。

意を決したという感じで
「鹿之助さん」
目が微妙な笑いを浮かべている。

「あんた、2番の出だしのとこ、コードどう弾いとったん?」

ガ〜〜〜ン!
こ、この人はいったい・・・(汗)
いつこけるかと、全身を耳にして待ち構えていたのは私だけではなかった!
あの状況で、私が弾きそこなったことをチェックできるとは人間業ではない。
たとえて言えば、新宿副都心、超高層ビルの屋上から屋上へ渡した綱を、命綱なしで渡りながらも下を見て、お!あのカローラ駐車違反!と叫ぶようなもの。

「笑ってごまかせ自分の失敗。スミまで突っつけ他人の失敗」とは、孔子の言葉であるが、「これは誰にも実行できることだから『論語』に入れる必要はない」との遺言で、『論語』にはない。

孔子の偉大さをしみじみと実感しながら、「思い出したくないグリーングラス」の筆をおくものなり。