若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

昭和最先端理容院

昨日書いた散髪屋さんは、「レトロ」な感じを売りにしようとしている。業界では珍しいと思うが、「売り」になるのかどうか心配だ。
昔、私を悩ませた散髪屋がある。三十年ほど前、仕事で大阪市内の下町によく行った。空襲で焼けなかったんだな、と思わせる古びた長屋にその散髪屋はあった。

初めて見たときはかなり驚いた。とにかく古い!ガラス戸越しに店内が見える。イス、戸棚、圧倒的に古い。いまどきこんなものがあるのか、と思わせる。それはまあよろしい。私を悩ませたのは、店の正面に上がった看板だ。

「ウーピー理容院

「ウーピー」?なんじゃそれは。
古色蒼然、いつ見ても客の姿が見えないばかりか、主人の姿さえ見えぬその店の前を通るたびにナゾは深まるのであった。「ソンツェンガンポ」と「タイコンデロガ」のナゾが解けた後、「ウーピー」が私の前に立ちはだかった。(「ソンツェンガンポ」と「タイコンデロガ」については、2003年2月13日分日記をご参照ください、というほどたいそうなことではない)

そんなある日、私は家で古びた新語辞典を見つけた。発行日付から見て、父が学生の頃買ったものらしい。
ぱらぱら読んでいると、おお!「ウーピー」が!昭和初期、アメリカ輸入の流行語で、「休みに郊外で楽しむ」というような意味らしい。
そうか、「ウーピー理容院」の主人は、昭和のはじめに店を開くに当たって、ピカピカの新語、ナウな若者達が得意になって使っている流行語を店の名前にしたのだ。いまや古色蒼然たる長屋も、当時はおしゃれな集合住宅だったのだし、古びたイスも当時の最先端理容用イスだった。

「ウーピー理容院」を見直したのであるが、運悪くその後すぐ谷崎潤一郎の『文章読本』を読んでしまった。文章を書くのに流行語を使ってはいけないと書いてあった。「ウーピー」などという言葉が一時期はやったが、いまやすたれてしまっている。
そうか、「ウーピー理容院」の主人は一時はやった流行語に飛びついて、すぐすたれた後もしがみついていたのだ。見直して損した。
しかし、戦時中も「ウーピー」という名前を変えなかったとしたらその頑固さは立派なものだ。見直した。いや、戦争中は変えて、戦後進駐軍がやってきたときまた元に戻したのかもしれない。
見直すべきかどうか保留のまま現在に至る。