若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

横田健一著『道鏡』

道鏡は、称徳女帝を惑わし、太政大臣禅師、法王の位に上り、ついには宇佐八幡の神託と称して、天皇の位を狙った妖僧として有名である。

著者によれば、道鏡は、特別の妖僧ではない。
時代が妖しかっただけのようだ。

災害、疫病、戦争、政治、すべて「まじない」に頼った。
道鏡は、頭がよく努力家で、一流のまじない師だった。

道鏡が妖しいなら、天皇や、藤原氏を筆頭とする貴族をはじめ、当時の人はみな妖しい。
妖しい時代に妖しいのは、ごくふつうである。

道鏡は、サンスクリット語を解し、最新で強力なお経をマスターしていた。
英語やフランス語がぺらぺらで、欧米で今最もホットな理論をマスターしているみたいなものだから、もてて当然だし、敵対する藤原氏が警戒したのも当然だ。

天皇の位を狙った道鏡は、寺院にこもって、日夜、『大孔雀明王経』を唱えた。
藤原氏の放ったスパイが、それを報告した。

道鏡が読経してます」
「なぬ!道鏡が読経!?目的は?」
天皇位!」
「なんと!天皇位を狙うとは、さすが道鏡いいどうきょう!」
「えーかげんにしなさい!」
「ほんとにネッ!」

道鏡と同じくらいか、それ以上に妖しかったのは、宇佐八幡宮だ。
著者によれば、宇佐八幡宮は、正体不明の神社のようだ。
古い神社は、すべて正体不明なのだろうが、宇佐八幡宮は、なかでもわけのわからん神社みたいだ。

そして、著者の見解では、当時の宇佐八幡宮神職たちは、政界の流れに乗ったり、流れを作ったりして、うまく立ち回ろうとする、極めていかがわしい集団だった。
適当に、権力者に都合のいい、そして自分たちにも都合のいい「神託」を持ち出した。

聖武天皇の、大仏計画が難航している時には、わざわざ九州から奈良まで出張してきて、「宇佐八幡がお手伝いします」などとうまいこと言って、天皇を喜ばせてごほうびをもらって、伊勢神宮をしのぐ勢いであった。

ところが、数年後、宇佐八幡宮の同じ神主がもたらした神託は、偽りであるということで、神主は流刑となった。
この「神託」は、偉い人が気に入らなかったんでしょうな。

しまった!と思った宇佐八幡宮は、でたらめの神託でごめんという反省の神託を掲げて、前にもらったごほうびを返上したというのだから、お粗末である。
不祥事を起こして、ボーナスを返上する経営者なみですね。