アメリカの軍人ルシアス・クレイの伝記を読んでます。
軍人と言ってもこの人は工兵隊の人で、実戦で大砲を撃ったりはしたことない。
本人は実戦部隊に行きたかったようですが、工兵隊でよかったと言ってます。
なぜか。
当時、軍隊はヒマだった。
軍隊に入ったのがちょうど第一次大戦と第二次大戦の間だった。
予算も削られ人も削られ軍隊にとって大変な時期だった。
大砲の弾がなくて一年間撃ったことないということもあったそうです。
もし実戦部隊に配属されてたらヒマを持て余してやめてただろうと言ってます。
その点工兵隊には仕事があった。
アメリカではもともと工兵隊が道路やダムや港の建設をやってたみたい。
ウイキペディアによれば自衛隊も初期には建設工事を請け負ってたそうです。
で、ルシアス・クレイは大不況の後の復興公共事業の責任者になってダム建設、河川工事に力を発揮した。
そして1940年、ルーズベルト大統領から空港建設を担当するよう命じられた。
当時のアメリカにはまともな空港が30ほどしかなくて、アメリカが参戦すればとても足りない状況だった。
大統領は2年で400の空港建設を命じた。
この空港建設を仕切ったのが商務長官ジェス・ジョーンズで、軍人じゃないのが不思議です。
クレイはジョーンズ長官に命じられて詳細な計画書と資料を提出した。
後日呼ばれて行ったら長官は、「これでOK!キミの腕の見せ所だ!」と言った。
あとは呼び出されることもなかったそうです。
さて1941年12月7日の日曜日、クレイはジョーンズ長官の招待でフットボールの試合を見に行った。
ハーフタイムで場内放送があった。
「海軍提督〇〇様、いらっしゃいましたら至急・・・」
しばらくすると、
「海軍提督✖✖様、いらしゃいましたら至急・・・」
しばらくすると、
「海軍提督△△様、いらっしゃいましたら至急・・・」
「海軍提督〇✖様・・・」
なんだこれは、と場内がざわつきだしたと思ったらワシントンポストのスポーツ記者が商務長官を見つけてやって来た。
「長官、記者席でジャップが真珠湾を攻撃したといううわさなんですが・・・」
長官はクレイを見た。
クレイは軍人として、専門家として自信をもってきっぱりと言った。
「ジャップがやるとしたらグアムかフィリピンです。真珠湾は難攻不落です!」
「maybeなしのクレイ」の面目躍如。
それにしても海軍提督・・・。(-_-;)