小柄で日焼けした爺さんは、笹を持っていた。
その笹を馬上の神主さんに渡そうとして地面に落とした。
「あっ!」
「あ〜あ・・・」
いっせいにざわめきがおきた。
これはとんでもない不手際に違いない。
どうする、爺さん!
爺さんは厳しい目で一同をにらみつけると、
「だいじょぶ!だいじょぶ!」
と鋭く叫んだ。
みんな黙ってしまった。
なかなかの実力者のようである。
神主さんは、その笹でみんなにお祓いをした。
離れた所で見ていた私だけがお祓いを受けなかった。
その私を、村人たちがじーっと見つめていた。
この時お祓いを受けなかったばっかりに、その夜遅く、湖のほとりの神社の境内を歩いていた私が、恐るべき事件に巻き込まれることになるというのはホラー小説の話で、ここでは何事も起こらないので安心して読んでちょーだい。
お祓いがすむと一行は歩き出した。
高原のキャベツ畑に別れを告げ、また雑木林に入っていく。
しばらく行くと、雑木林の中に開けた場所があった。
そこには村のおばあさんやおばさん、小さな子供たちが、ござに座って待っていた。
ぱっとしない情景であった。
たいしたことは起きそうにない雰囲気が漂っていた。
広場の片隅に注連縄を張ったほこらのようなものがあった。
その前で神主さんが、おごそかに祝詞をあげはじめた。
私は、かなり離れた所から、神事のじゃまにならないように、遠慮してそっと見守っていた。
村の神聖な行事をよそ者が汚してはならぬ。
ところが、祝詞はあっけなく終わった。
遠慮するもへったくれもなかった。
そっと見守るほどのもんではなかった。
そして、次に彼らはどうしたと思いますか?
なんと、いっせいに飯を食い始めたのだ!
なんじゃこれは!?
私は、かなり離れたところから、食事のじゃまにならないように、遠慮してそっと見守っていた。
「神事」と「食事」、一字違いで大違いである。
男たちは酒を飲み始めた。
私は自信を持って断言できる。
これを、この光景を村人以外で目撃したのは私が初めてである!
湖のほとりの神社を出発してから一時間半、民宿の木のサンダルをからころと鳴らして山道を登って来たのは、村人が飲み食いするのを遠くから見守るためだったと言うのか!?
腹がへるではないか。
離れた所からそっと見守っている私に、声をかけてやろうという村人はいないのか?