奈良を代表するおしゃれなライブバー「Y&Y」につめかけたのは、Yさんと私を見るのはこれが初めて、単なる音楽好きなおじさんと思い込んでいるおめでたい人たちがほとんどで、まさか私たちがヤマハ・アミューズ西大寺が抱えるダブルダイナマイト、オールヤマハで最も危険なコンビとはつゆ知らず、ましてや「思い出のグリーングラス」がここまで危ない橋を渡りつつ、無事に過ぎてきたのが如何に奇跡的なことであるか知るよしもなく、誰もが一度は聞いた曲、「さあ、いよいよサビですね」と、これから何が起こるかも知らず呑気に見守るその間抜け面を見ていると気の毒さのあまり思わず知らず笑いがこみ上げてくるのを私は抑えることができなかった。
笑いを必死にかみ殺すうちにも、サビの1小節2小節は過ぎていくのに、なんたることかサンタルチーア、Yさんの歌は狂わずギターは乱れず、どうしたYさん!どこか身体の調子でも悪いのか、何か心配事でも抱えていて、歌っているという意識はなく、夢うつつのうちに口をぱくつかせ、無意識に手を動かしているだけではなかろうか、ここで歌いながらゲロゲロ吐かれでもしたら一大事、気は確かかしっかりせよと抱き起こし、さあ!Yさん!目を覚ませ!サビは終わるぞここでずれずにいつずれる!どこまで引っ張れば気が済むのじゃ、お客様も読者の皆様もしびれを切らしてお待ちかね、さ〜あ!行けー!今じゃ!ここじゃー!ずれろ狂えと絶叫する私の心を君よ知るや南の国から北の国、世界の国からこんにちは、わたくしはギターを抱いた三波春夫でございますと言わんばかりの笑顔を振りまき、Yさんは一番を歌い切ってしまった。
私はボーゼン自失、尊師の姿を探した。
Yさんがずれたり狂ったりしたときの対策は授けられていたが、まともに歌った時どうすればいいのか途方にくれてしまったのだ。
ヤマハの講師として数十年、無数のオンチ、リズムオンチ、だみ声、しゃがれ声、からす声、カエル声を指導して、幾多の修羅場をくぐりぬけてこられた尊師も、さすがにこのような不測の事態は想定しておられなかった。
目の前が真っ暗になったその時、「鹿之助よ、2番がある」という声が響いた。暗闇に輝く金色のお姿は、南無大慈大悲観世音菩薩!
そうだ!2番がある!
1番をすんなり歌いだしたからには、2番でこけることは疑いなし!
サア!皆様、お待たせいたしました!