しゃべるくらいはいくらでもしゃべる。
実は演奏の前に何かしゃべろうかと思っていたのである。
バンドでやるときは私があほなことを言って、お客様に心の準備をしていただく。少々ずれようが歌詞を忘れようが、散々あほなことを言った後ならお互い気まずい思いをせず笑ってすますことができる。
ただ、今回は名曲中の名曲だ。
失敗したからと言って笑いでごまかすわけにはいかんだろうし、この曲の前にあほなことを言うのも雰囲気ぶち壊しだ。
と言って曲に合わせたしんみりした話をしてこけたら格好がつかない。
ここは余計なことを言わずにすっと始めて、失敗したら素直に謝るのが一番いいだろう。
私だって色々考えているのだ。
そこに突然「しゃべって」ときたから焦ってしまった。
よほど緊張しているんだな。
それはそうだろう。サウンドチェックのときのずれ方は、いつもより激しかったもの。何とか落ち着こうと私に振ったのだろう。
少ししゃべって、もういいだろうとYさんに合図をして弾き始めた。
Yさんはいつも歌い出しでつまづく。
ふつうの人にはなんと言うことのない部分だが、Yさんは絶対につまづくので、つまづきに合わせようと待っていたら、なんと、すっと歌いだした!
私はあわててしまった。
こんなはずではない。
しかし、次の歌詞、ママとパパが迎えに来るところで、感動のあまりか知らんがいつも乱れる。これはまちがいない。
安心しきって乱れるのを待ち構える私を尻目にYさんはそこもすっと歌ってしまった。
何ということじゃ!とがっかりするのはまだ早い。
ママとパパの後は絶対にずれる。尊師も、「ここは適当に伸ばして弾いて待ってないとだめですね」と言われた。
で、適当に伸ばそうとYさんがずれるのを今や遅しと手に汗握って待ち構える私を置いてけぼりに、ここもYさんはすんなり通過してしまったではないか。
こ、これはいったい!?
私は一瞬ではあるが不安になった。
ひょっとすると、まともに歌いきるのじゃないか。
いや、そんなはずはない。
すぐに自分の不安を打ち消した。
そんなことはありえない。
落ち着こう。
サビの部分はだいじょうぶだ。
間違いなくずれる。
八分音符で刻む単純な伴奏に乗って、なぜずれるかとお思いでしょうが、これがハデにずれるんですな。
むはは。
サア!皆様、お待たせいたしました!