右手がうまく動かないのは脳梗塞の後遺症のせいじゃないと私が責め続け、Y森さんがむっつり黙り込んでいるのを見かねて、尊師が、「じゃ、『雨を見たかい』、いってみましょう」
二ヶ月ぶりの、『雨を見たかい』である。
イントロ、Y森さんのギターで、ジャカジャ〜ン!と始まる。
これは、ずれました。
くどいようですが、後遺症じゃありません。
前からですよ。
「♪Someone told me long ago」
いい感じだ。
「♪there's a calm before the storm」
声はいいんです。
「♪I know!」
Y森さん自慢の高音がよく伸びてます。
「♪and it's been・・・」
このあたりから、なんかヘンだなと思い始めた。
これまでとなんかちがう。
聞いていて落ち着かない。
尊師も、眉毛を寄せて、首をかしげてY森さんの口元を見つめている。
やはり異変を感じ取っているようだ。
「あっ!」
尊師と私が同時に叫んだ。
歌と伴奏がずれていない!
「後遺症!」
これも同時に叫んだ。
脳梗塞の後遺症で、歌と伴奏がずれなくなってしまったようだ。
かなり重篤な症状である。
このまま歌い続けてもいいのか危ぶんだが、無事最後まで歌いきった。
尊師は、今後もボーカルのレッスンを続けていいかどうか医師の判断を仰いでくださいと指示した。
Y森さんの主治医は、話を聞いて驚いて、そういう形で後遺症が残った場合非常に危険なので、歌を続けるなら命の保証はできないと強い口調で言った。
それを聞いた奥さんも、歌をやめてくれと泣いて頼んだが、Y森さんは、「芸のためなら女房も泣かす、それがどうした文句があるか」、さすがヤマハの春団治、と言いたいところだが、人を寒がらせるY森さんは冬団治か、まあ、どっちでもええけど、オータムコンサート強行出場となったのであった。
万一に備えて、ステージ横で医師団が待機する中、Y森さん登場。
本番でも、イントロの「♪ジャカジャ〜ン」は、脳梗塞の影響を感じさせることなくずれた。
右手は完全に回復している。
歌に入ると、全然ずれることなく、カンペキに歌い終えてしまった。
客は気持ちよさそうに聞いていたが、内情を知る私としては、ギターを弾きながら気が気でなく、何度もミスをしてしまった。
今回、私のギターがいつになくミスが多かったのは、Y森さんの後遺症を気遣っていたからです。