ドラムとギターの壮絶なスピード競争になったが、私は、すぐに持病の突発性指関節痙攣症に襲われ、Iさんも59歳というトシには勝てず、早々と息切れ、申し合わせたようにスピードダウンしたのは、バンドにとっても客にとっても不幸中の幸いであった。
ペースダウンしてからの私は、エレキギターの神が降臨、この身に乗り移ったかと思えるような鬼気迫る演奏を繰り広げた。
「ウォーク・ドント・ラン〜パーフィディア〜木の葉の子守唄」、これぞ全盛期ベンチャーズメドレーの再現、華麗なるフィンガリング、絶妙のアームコントロール、これでもかといわんばかりに次々と繰り出す超絶技巧は、まさに入神の境地。
場内熱狂のうちに演奏を終えたのであった。
え?そんな話はおもしろくない?
さあ、皆様、お待たせいたしました。
いよいよY森さん登場です!
第一部が終わって休憩の間に、奥さんにお会いした。
これまで、発表会には、来たり来なかったりの奥さんが、悲惨な結果が予想される今回、なぜわざわざ出てこられたのであろうか。
不吉なものを感じた。
そういえば、これまでY森さんが大きくこけたステージには、必ず奥さんの姿があった。
ひょっとすると、奥さんは、男を破滅に導く魔性の女なのかもしれない。
Y森さんは、魔性の女に魅入られた「悲劇の男」なのかもしれない。
そんないいものには見えないが。
奥さんは、私を見て、「いつもお世話になります」と言った。
ごくふつうである。
魔性の女とは思えない。
私もふつうにあいさつを返した。
「いえいえ。いつもいじめてます」
「いやあ、ぜんぜんこたえてないんで、ガンガンお願いします」
非常に良識的な人だ。
奥さんは、魔性の女ではないようだ。
Y森さんが魔性の男なのかもしれない。
どっちが魔性か、考えましょう。(-_-;)
「さて、本日のメインイベント!『いとしのエリー!』」と、レフェリーじゃなかった司会の先生の声は響けど、Y森さんが現れない。
出番を待つ席でも姿が見えず、心配していたのだ。
隣に座っていたドラムのIさんに聞いても、知らないという。
逃げたのか。
不安がよぎる。
ボーカル抜きで、「いとしのエリー」をやるのか。
まあ、そのほうが安全ではあるが。
と、客席がざわめく。
満員の客をかき分けるようにステージに向かってくる人影を見て、私はあっと声を上げた。