新聞に「話べたを直す」という広告が出ていた。
私は、ある同業者団体に所属している。その会の会長を、60歳くらいから20年にわたって務められた某社の社長Aさんは、見るからに温厚篤実、いつも福々しい笑顔を絶やさず、そういう会の会長、世話役としてはうってつけの方であった。
カラオケがお上手であった。まず声がいい。美声です。人柄が声に出たような温かみのあるテノール。レパートリーは、高田浩吉、岡晴郎。一杯機嫌のAさんが、「あこがれのハワイ航路」などを歌われる姿は、見ていても楽しいものであった。
このAさんを、一言で紹介するとすれば、「挨拶がヘタ」!これに尽きる。
その会は、年二回懇親会をする。40人ほどの、内輪の、顔なじみの、気楽な会である。その会の懇親会での挨拶を、Aさんは20年にわたって、年2回されたのであるが、も〜、とにかく、圧倒的徹底的壊滅的にヘタ!なのである。
原稿を持っておられるのである。原稿を見ながら、悪戦苦闘、七転八倒、脂汗を流されるのである。
原稿の内容は、見たことはないがはっきりとわかる。こうである。
「本日、○○市××協力会総会を開催いたしましたところ、ご多忙中にもかかわりませず多数ご出席賜りましてまことにありがとうございます。平素は当会の運営にご協力賜り、この場をお借りいたしまして厚くお礼申し上げます。総会も無事終了いたしまして懇親会に移りたいと思います。粗酒粗飯ではございますが、お時間の許します限りごゆるりとご歓談くださいませ」
「粗酒粗飯」が少々気になるが、内容としてはこんなものであろう。これだけのことなのである。これを、これだけを、たったこれだけを、原稿を見ながら、しどろもどろの七転八倒悪戦苦闘脂汗なのである。
すっと言葉が出ないのである。
「え〜、アノ・・・えへん・・・本日・・・え〜、えへへ・・ほん、ほん、本日、総会を、いや、○○市の・・まことに、アノ・・・総会をマアーこの〜」
20年間である。年2回である。
高田浩吉はどうした?岡晴郎はどこへ行った?
会長の挨拶が始まると、出席者一同、うつむくのであった。
会長のほうを見ないのであった。それが礼儀というものである。
Aさんは、数年前会長職を譲られ、その後すぐ亡くなられた。
遺言により、遺体は、「挨拶下手」の原因解明のため、阪大医学部に献体されたということである。合掌。