朝のバス停。
64、5歳の女性が先頭。次が私。後ろに3人。
先頭の女性はたまに、この時間に見かける人である。
大柄で、いつも髪はボサボサ、リュックを背負って、山登り風のいでたちで、のっしのっしと歩く。朝7時。どこに行くのであろうか。初めて見た時、私は、「たけのこの盗掘か」と思ったのであった。
バスが来て止まった。ドアが開いた。パタパタと足音がして同じような年頃の女性が駆けて来た。その人を見て、先頭の女性が声を上げた。
「まー!○○さん!おーはーよー!」
大きな声やな。
「こないだは、どーも!あんた、あれからどうしたの?え?あ、そ〜お。私ね、あれからね、××さんとね、向こうへ行ったんよ。そしたらね〜、なんと、むこうでもね、私らが来る思て、待ってたんやて〜!も〜、ほんとに大笑いよ〜。あ〜はっはっはっはっは!あ〜っはっはっはっは!」
はよ乗れ!おばはん!
「それがね、またおかしいの!××さんいうたらね〜・・」
「あなた、早く乗らないと・・・」
「あっ!ど〜も!」
大きな声やな。
バスで。後から来た女性。
「えらいねー、朝早くから」
「ううん、あとちょっとやけどね。今、修士論文の追い込み。60枚!しんどいわ〜。でも、資料の利用とかね、私たち院生は優遇されてるのよ」
「えらいわ〜。この前バスに乗ってたら、文化会館の前であなた見かけたけど」
「文化会館?あ、ピアノよ。ピアノ聞きにいってたの。このごろオーケストラ聞くのしんどくて。室内楽か、ピアノやね〜。体力がなくなったのかな〜」
体格的には、オーケストラの一つや二つどんと来いという感じであるが。
大声で話し続ける。
「私ね、朝、目覚ましにね、好きな曲かけてるの。テープに入れて、ラジカセのタイマー、セットしてね。いーよー、自分の好きな曲で目がさめるの。長いことメンデルスゾーンの『無言歌』かけてたの。この前までは、サティの『ジムノペディ』。今はね、フォーレの『夢のあとで』。いーよー、自分の好きな曲で目がさめるって」
私は、この方が、修士論文に取り組まれる姿を想像することができなかった。たけのこを盗掘する姿は想像できるのであるが。この方が、フォーレの「夢のあとで」を聞きながら目覚める姿も想像することができなかった。天童よしみの「珍島物語」で目覚める姿なら想像できるのであるが。
想像力の貧困である。遺憾である。