若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

お隣の奥さんを抱き上げた話

 お隣の奥さんが亡くなられた。享年77歳。
色白で、綺麗な銀髪に加えて、東京のお生まれで、関東アクセントで話されるので、一層知的で上品な感じがした。

 数年前、夜九時ごろ、チャイムが鳴った。インターフォンを取ると、お隣の奥さんであった。こんな時間に!?と、急いで表に出た。
「夜分に恐れ入ります。出先から戻ったんですけど、門のかぎが見当たらなくて、中に入れないんです。主人も留守をしておりますもので・・・」
「じゃ、私が中に入って開けますので」
「いえ、中からは開かないんです」

 改めて、お隣の門を見ると、ごく普通の、高さ百数十センチの門であった。
むむ!ここを、奥さんを抱えて!

ちょっと考えさせてください、家内と相談してきます、と言いたかった。

「しばらくお待ちください」
内心の焦りを隠して、私は落ち着き払った風を装って家に戻った。椅子を二脚持って、お隣の門の内と外に置いた。
私は、ニッコリ笑って奥さんを軽々と抱き上げたかったが、そのような体力は無いので、歯を食いしばって必死になって抱き上げた。そして椅子に登った。もう一度歯も砕けよと食いしばって、奥さんを支え上げて、門の向うの椅子に下ろした。

「どうもありがとうございます」と、恐縮される奥さんに、私は、「いえいえ」と、余裕の笑み的なものを浮かべて、椅子を二脚持って、震える足を踏みしめて家に戻ったのであった。

 今日の、葬儀の際の紹介によると、亡くなられた奥さんは、女子高等師範学校時代、テニスの選手として国体に出場されたとのことであった。選手宣誓をされた上、テニスでは準優勝されたということである。

 祭壇は、初めて見る形式だった。仏式だったが、奥さんの写真の他は、花だけであった。花以外の飾り物は一切無かった。中央の奥さんの写真を囲むように、色とりどりの花が飾ってあった。シンプルで美しかった。
ご主人が、花好きだった奥さんのために、こういう形を選ばれたのだろうと思った。

 家内のときも、こんな風にしてやりたいと思った。
お菓子を一杯飾ってやろう。左側にケーキ類。右には饅頭。いや、プリンにしよう。真中はチョコレート。大福にアイスクリーム、麦工房のラスクも忘れてはならない。鳩サブレも。
お菓子に囲まれて満足そうな家内の笑顔が目に浮かぶのであった。