2月1日の朝、目を覚ましたがなんだかボーっとするので熱でもあるのかと体温を計った。
年末に買った新しい体温計だ。
マイクロソフトの、デジタル式インターネット対応500万画素大型カラー液晶モニター付音声告知タイプである。
センサーをおでこに当てれば一瞬にして体温がわかる。
500万画素大型カラー液晶モニターに出た数字を見て危うく体温計を落としそうになった。
「37度3分」!
同時に内臓高音質スピーカーによるステレオ音声が響き渡った。
サブウーファーによる重低音が圧倒的だ。
「あんたの体温は37度3分や!」
大阪弁モードに設定してあるのだ。
京都弁モードだと「37度3分どすえ」、江戸っ子モードだと「てやんでーべらぼーめ!てめーのてーおんは37度3分だってんだ!」
普通の人にはたいしたことのない数値だろうが、私のような温室育ちのひ弱な花、単なる観賞用男性にとっては命にかかわる。
ベッドの中で私は「ぽんぽん」と手を打った。
「誰かある」
世が世であれば私の声にこたえて、侍医あるいは爺、執事、乳母、女中頭、奥女中、中女中、下女中、飯炊き女、下男、小作人などが駆けつけるところであるが、GHQによる農地解放令によって今は夢のまた夢、現れたのは家内であった。
37度3分の高熱を訴えると、例によって鼻で笑った。
階段が危ないので下までおぶって下ろしてほしいと頼んだが、再び鼻で笑って降りていった。
仕方がないので、一人で大理石の螺旋階段を、毛足5センチのペルシアじゅうたんに足を取られそうになりながら降りた。
医者に行こうと思ったが、うっすら雪も積もっているし、足元が不安なので家内に手を引いて連れて行ってほしいと頼んだが、三度鼻で笑った。
仕方なく、父の形見のステッキをついて歩いていたら、ランボルギーニに乗った美女が、「すてっきー!」と叫んで通り過ぎたように思ったが高熱による幻覚かもしれない。
お医者さんは、私の顔を見たとたん鼻で笑って、「胸を出して息を吸って、ハイ、背中、吐いて」、裏表一回ずつ。
「舌を出して」と言うので舌を出したが、先生は見もせずカルテに何か書き込んで、「お大事に」
仕方なく私は舌を出したまま待合室に戻った。
先生の奥さんが、「若草さん、お薬です。あ、舌はもういいんですよ。これが総合感冒薬、これがトローチ」
「ゲッ!解熱剤は!?」
奥さんもフンと鼻で笑った。