若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

創業明治六年の料亭にて

 三十年ほど前に聞いた宴会の法則。?ホステスが三人集まれば、百歳、芸者は二人で百歳。?宴会の会費が高いと、宴席に出てくる女性の年齢は低く、会費が安いと、年齢は高い。
 ?から三十年たってるから、ホステス二人で百歳、芸者は二人で百五十歳と言うことになります。
 この連立方程式を解いてみよう。

 私が所属する同業者会は、会長の挨拶が下手なのと、会費が安いので有名でした。年二回、会場は、いつも市の中心部の「割烹○○」でした。
 ところが、ある年、市のはずれの「料亭××」が会場になったことがあります。私は、我が市に、「料亭」などというしゃれたものがあるとは知りませんでした。

 さて、例によって、会長の下手な挨拶。二十年間、年二回、原稿を見ながら脂汗を流して、しどろもどろの七転八倒ぶりは、挨拶が下手と言うより、「珍芸」の域に達していましたね。
 会長の「珍芸」が終わり、ご本人はもとより出席者もほっとする瞬間、この瞬間を味わうために出席してる人もいたと思います。

 会長は、先ほどまでの苦悶の表情とうって変わってにこやかに、パンパンと手をたたくと、「さ、きれいどころに入ってもらいましょか」

 き、き、きれいどころ!
さすが料亭!テレビのニュースなんかで聞く言葉である。「新橋のきれいどころを集めて」とかなんとか。
 入ってきた五人の「きれいどころ」を見て、会場から「オーッ」とどよめきがおきましたね。
 先頭のお二人はどう見ても84、5才、一番若い人で、60いくつか。
ここが料亭?老人ホームじゃないのか?私の隣の人は、「ウチのおふくろ連れてきたほうがましや」と言いました。

 しかし、芸達者、だったと思う。こういう「芸」については無知なので、よくはわかりませんが。
 84、5歳の人が三味線を弾きながら歌って、60くらいの人が踊りました。歌が高音になると、苦しそうであった。「オ、オ、オ〜!」と歌う表情がゆがむのである。そのまま倒れるのじゃないかと心配であった。無理しないで!と言いたかった。
 曲が終わって立つ時、三味線を杖代わりに、よっこらしょと立つのであった。

 その人が、私にお酌をしてくれました。恐縮であった。
何か話さねばと、思いました。
「このお店は古いんですか?」
「はあ、古いんでっせ。創業が明治6年です」
明治6年!おたくは、創業以来ずっと居てはるんですか?」