駅で電車を待っていた。
電車が着いたので近づくと、松葉杖の若い女性が見えた。
降りるようだ。
ドアが開くと、まず松葉杖が出てきて、包帯をぐるぐる巻いた足が出てきた。
慣れないようでもたついている。
そのまま行くかと思ったら、電車の中を見て
「早くしなさい!」と声をかけた。
3、4才の男の兄弟だ。
電車とホームの間に隙間があるので、弟の方がためらっている。
お母さんがまた「早くしなさい!」と言った。
私は手を出して男の子を抱いて、ニコニコ笑いかけながら「ヨイショ!」と下ろした。
お母さんは、「ありがとうございます」と言ったが、男の子は、半分怯えたような笑顔で私を見ていた。
見知らぬおじさんに抱き上げられた恐怖を笑いでごまかしているのであろう。
こういう笑顔を前にも見た。
やはり電車の中であった。
バギーに乗った女の子が、バギーから降りたいと言い出した。
お母さんはとんでもなくたくさん荷物を抱えていたので、自分で降りなさいと言った。
女の子はもがいたが、自分では降りられなかった。
女の子はキーキー言った。
お母さんは、座っていなさい、と言った。
女の子はなおももがいてキーキー言った。
お母さんは、自分で降りなさい、と言った。
私は、精一杯の笑顔を浮かべ、聞いている人がオエッとなるような猫なで声で
「おじちゃんが降ろしてあげよう」と言って、女の子を抱き上げてバギーから降ろしてやった。
お母さんは、「ありがとうございます」と言ったが、女の子は半分怯えたような笑顔で私を見ていた。
男はこわいのか、と思ったのは五十数年前だ。
母に連れられて、私と妹は伯父の家に行った。
外出していた伯父が帰ってきて、妹を抱き上げたとたん、妹はワーワー泣き出した。
「おーおー、伯父ちゃんがこわいのか?」と、黄色い電球の下で妹を抱いて笑う、今94、5才の伯父の若い日の姿が鮮明によみがえるのは、脳の不思議だ。