朝日新聞の記事。
東京女子医大は、東芝メディカルシステムズ等と共同で、手術中の医師の心電図などを監視するシステムを開発した。
執刀医に心電図計測装置を取り付ける他、ビデオカメラなどで、医師の精神状態、メスの動きに至るまで別室でモニターでき、医師の心電図に異常が現れた場合、別の医師と交代させることができる。
脳腫瘍の手術で試験的に運用した際、微妙な部分にメスを入れるとき、執刀医の心拍数が高くなることなどが確認された。
こういうことは知りたくなかった。
もし手術を受けるなら、お医者さんを全面的に信頼していたい。
この先生は、手術の最中に、ドキドキして手が震えたりするかもしれないので、別室で他のお医者さんが見張っているのだ、などと思いたくない。
このシステムは、運用も難しい。
第一回目は、医大の長老の名誉教授が五人、モニターした。
ところが、執刀医の心電図に異常が出始めると、名誉教授たちも緊張のあまり、血圧や脈拍が高くなって倒れてしまったのだ。
二回目からは、現役の教授がモニターすることになったが、これまた師弟関係などがあるので複雑である。
「フフン、山田君にこの手術は無理でしょう」
「ムカッ!彼は私が育てた男ですよ」
「だから心配だと言ってるんです。ホレ、御覧なさい!心電図が!ウチの吉岡君と交代させましょう!」
「だ、黙れ!山田君!聞こえるかね!手が震えているぞ!落ち着きなさい!深呼吸だ!」
「山田君、病理の大河内だ。般若心経を唱えなさい」
「いや、彼は日蓮宗です」
「じゃあ、法華経だね」
「皆さんも御一緒にお願いします!妙法蓮華経!南無妙法蓮華経!南無妙法蓮華経!」
「キーッ!やかましー!やってられん!」
山田先生がメスを投げ捨てて手術室を出て行こうとしたので一同驚いたが、一番驚いたのは患者だ。
全身麻酔も一瞬にしてさめ、手術台にがばと起き上がると、
「せ、先生!見捨てないでください!」
と白衣に取りすがる姿をモニター室の教授たちは厳粛な面持ちで見つめていたという。
手術は続行されたが、このシステムでもっとも懸念されていた事態が発生した。
執刀医にばかり注目して、患者の心電図が停止していたのに誰も気づかなかったのだ。
「お!どうした!心電図が!」
「もう死んでん」
「えーかげんにしなさい!」
「ほんとにネッ!」