若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

「ばあちゃん」

きのう「ばあちゃん」が死んだ。
87歳。

私の、ばあちゃんではない。
昔、会社の賄いをしていた人である。

三十年前、すでに立派な「ばあちゃん」であった。
見た瞬間、「田舎のばあちゃん」という感じがする。

テレビや映画で、「日本のばあちゃん」が必要なときは、いつでもお役に立てますという人だ。

時代を選ばない。
昭和、大正、明治、江戸、鎌倉、弥生、縄文。

所も選ばない。
都会、農村、漁村、山村、炭鉱、キューポラのある町。

有史以来、日本にはいつの時代にもこういう「ばあちゃん」がいたと思える人だ。
長崎なまりのいい人だった。
2003年11月10日の日記にも書いたが、嫁の悪口を言うのが唯一の楽しみみたいだった。
人のいい「ばあちゃん」がこれほど悪く言うのだから、さぞやひどい嫁さんなのだろうと思わざるを得ないのは、やはり、「ばあちゃんの人徳」ということになるのだろうか。

創価学会の信者で、時々「お山」に行くのを楽しみにしていた。
「ばあちゃん」は、「お山」に行く前だけ美容院に行った。
「ばあちゃん」が美容院に行くと、非常にヘンな頭になるのであった。
紙で作ったカツラをかぶっているようであった。
どうしたらこんな髪型にできるのか、その美容院に聞きたかった。
「ヘンだ」と言いたかったが、言えなかった。

体のあちらこちらが悪かった。
足、腕、肩、腰、胃、腸、心臓。
よくも87歳まで生きられたと思う。

あるとき、「目が悪くなった」とこぼした。
かすんで、はっきり見えないという。
はっきり見えるところもあるそうだ。

ちょうどカレンダーがあったので、数字が見えるか聞いた。

「う〜ん、左のほうはぼんやり見えると。右のほうははっきり見えよる」
「月曜のあたりが見えにくくて、金曜くらいからはっきり見えるの?」
「そう」
「休みが近づくと、はっきり見えだすんやね」
「う〜ん、そうやね〜」

「ばあちゃん」は真剣に首をひねっていた。