「水戸黄門」の人気はわかる気がする。
「葵のご紋」ですべてがひっくり返るからだろう。
水戸黄門になって葵のご紋を振りかざせる人は少ない。
助さんか格さん(この字でいいのか)くらいはなれる。
私も助さん気分を味わったことがある。
三十年ほど前、大学の一年後輩のA君が松下電器に就職して、初任地が大阪になったと聞いたときはうれしかった。
彼は卒業と同時に結婚したので、とりあえず守口のアパートに住むことになった。
「1K」という感じだったので、台所用のテーブルとイスとあと少し家具をそろえればよかった。
私は会社のトラックで運送を手伝った。
彼の奥さんと三人で、松下電器労働組合指定という大きな家具屋に行った。
広大なフロアに、婚礼家具を買いに来ている親子連れが二、三組いた。
店員がもみ手をしてついて歩いていたが、Gパン姿の私たち三人はほったらかしだった。
三人でさびしく品物を選んだ。
他の客が帰ると、店員達は事務所に入ってしまった。
なんということじゃ。
しかたなく私たちも事務所に入って行った。
机に向かった店員達は知らん顔であった。
奥の店長らしき人が顔を上げた。
「なんじゃ、おまえらは」という雰囲気丸出しで、あたかもカネもなくろくな買い物をしない客を見るかのような目で、カネもなくろくな買い物をしない私たちを見た。
さすが店長、カンがよろしい。
A君がおずおずと、「松下電器のAと申しますが」と言った。
その瞬間、「店長」の顔色がさっと変わった。
し、しまった!一世一代の不覚!
事務所の空気が凍りついたのがわかった。
「店長」は力なく机にすがって立ち上がると、笑っているのか泣いているのかわからないような顔でやってきて、「ど、どーもどーも・・・組合の○○様にはいつもお世話に・・・」と、もごもご言った。
A君の前で深々と頭を下げる「店長」を、私は助さんか格さんになった気分で冷酷に見おろした。
たわけものめ!このお方をなんと心得る。恐れ多くも天下の松下電器平社員中の平社員、これより下はないと言うA様なるぞ!
事務所の男性達はこわばって下を向いていたが、女子事務員達が「やーい店長!」と言わんばかりのうきうきした表情を隠し切れないでいるのを私は見逃さなかった。
助さんて気分いいな。