駅で高校時代の同級生の女性Aさんにばったり出会った。眼が合うやAさんは、「あなた、だましたでしょ!」と言った。
高校一年のとき同じ組になっただけで、少し前に卒業以来初めて同窓会で会ったそう親しくもない女性を私がだますなどということはありそうなことだが、心当たりがなかった。
「あなた、お医者さんじゃないじゃない!」
思い出した。
同窓会の帰り、やはり同じ駅のB君もいっしょに帰った。
彼とは時々飲む。
高校では秀才だったB君だが、育ち盛りにサッカーで炎天下を走り回っただけでなく、ヘディングでアタマを痛めつけた後遺症で、今ではちょっとおかしなおじさんに成り果てている。
さて、同窓会場から、AさんとB君といっしょに電車の駅に向かった。
駅でB君がすっとんきょうな声をあげた。
「おっ!若草!こんなとこにおまえとこの看板出てるやないか!」
見ると大きな看板だ。
「若草整形外科」
つまらん冗談を言うやつだと思ったが、Aさんの前で、「下らんことを言うな!」と一蹴するのもかわいそうだから、「うん、宣伝も大事やからな」と話をあわせてやった。
「え!若草君、整形外科のお医者さん?」
Aさんがパッと顔を輝かせて私を見た。
「うん、まあ」
話の流れに従うほかない。
彼女は人差し指を自分の目の下に置いて私に顔を近づけた。
アカンベーするのかと思った。
「ここ、なんとかならない?眼の下、たるんでるって言うかぷくっとなってるでしょ」
ぷくっとなっていた。
「気になってしかたがないのよ。整形外科に行こうかとも思うけどこわいし。これ、取れない?」
すがりつくような表情だ。
思わぬ展開に張り切ってしまった。
「取れるよ」
「取れるの!?手術?」
「今はアメリカで開発された脂肪吸引方があるから切らなくてもいいよ」
「え!切らなくていいの!若草君に頼もうかな」
B君が、「おお!頼め頼め!若草やったら安心や!」と言った。
その後、Aさんがお姉さんや友人たちに、「高校の同級生の優秀な整形外科医」の話をしたところ、皆さん乗り気になって、何人かで「脂肪吸引方」を頼むつもりだったそうだ。
これでだましたなどと言われては心外だ。