「合歓の郷」は、広大なリゾート施設である。
その中に、「ミュージックキャンプ」がある。
練習スタジオが何棟もあって、思う存分、音をガンガン出して練習できる。
今年は、ドラムのIさんに、ガンガン練習させられた。
Iさんは、ベンチャーズ一筋の人で、ベンチャーズの曲をやりたいのであるが、なかなかうまい具合にメンバーがそろわなかった。
一昨年、Iさんが、発表会で「10番街の殺人」をやりたいといって、メンバーを募集した。
私は、一曲くらいベンチャーズを弾いてもいいかなと手をあげた。
Iさんにしたら、「ぜいたくは言ってられない!」という状況である。
で、「10番街の殺人」をやった。
私のギターに関して、いいたいことはいろいろあったと思うが、Iさんは黙って耐えていた。
その後、Iさんと「ベンチャーズメドレー」「悲しき街角」をやった。
Iさんは、やはり黙って耐えていた。
うっかりしたことをいって、逃げられたら困ると思っていたのであろう。
この合宿で、今までやった曲をまとめてやることになった。
こんどは、Iさんは黙って耐えていなかった。
とくに「10番街の殺人」の私のギターが気になったようである。
「鹿之助さん、そこ、ちょっとアレじゃないですか。もういっぺん!」
「あ、さっきより、よくなりましたよ。もう少しですね。もういっぺんいっときましょう」
「ハイ、その、つぎのとこですけどね、なんか音がね」
尊師のレッスンを上回る厳しさであった。
今度は、私が黙って耐える番だ。
何しろ、二泊三日の合歓の郷缶詰合宿である。
少々のことで逃げ出すわけには行かない。
私が、Iさんの特訓を受けている間、Y森さんは、一人練習棟にこもって、ビートルズの「ヘイジュード」を繰り返し練習していた。
もれてくるY森さんの声を聞いて、ヤマハを代表する珍青年どて君は、「Y森さんは、『ヘイジュード』って聞いてましたけど、『王将』になったんですか」
残酷な男だなと思いながらも、なるほど、「ヘイジュード」と「王将」は似てるような気がしてくるのが不思議であった。
二日目の夜、発表会がある。
発表会前の夕食の時、Y森さんが、「寒気がする」と言い出した。
珍しいことだ。
Y森さんの歌を聞いて、寒気がするという人なら珍しくない。
私は、ハハアン、また本番でこけた時の言い訳の準備をしてるな、と邪推した。