小学校の担任の先生の話が続く。
昨日、家内がある会合に出た。
隣に少し年上と思える女性が座った。
その人のなまりに気づいて、お国はどちらですかと尋ねたら、山形。
あら、と思った。
前の日、山形に手紙を出したところなのだ。
家内は朝日新聞の短歌投稿欄を楽しみにしている。
常連の山形の清野弘也さんという方の歌が好きでノートに書きとめたりしている。
この方は教職を退いて、時々狸が出るような豊かな自然の中で暮らしておられる。
その暮らしぶりを淡々と詠んでおられるのだが、いい歌が多い。
家内がファンレターじみたものを出したこともあり、そのお返事も人柄を偲ばせるものだった。
その清野さんの歌が長く掲載されない。
ご高齢でもあり家内が心配して手紙を出したのだ。
「山形ですか。朝日新聞の短歌投稿欄の山形の方の歌が好きで・・・」
「なんというかたですか」
「清野弘也さんていうかたです」
「え、え〜〜っ!せ、清野弘也!小学校の恩師です!」
「え、え〜〜っ!小学校の恩師!」
こんなこともあるんですな。
さて、小学四年の担任の高橋先生のことは、前に書いた。
http://www3.diary.ne.jp/search.cgi?user=308273&cmd=show&num=2003022631046222292&log=2011280826&word=高橋先生
忘れられない事件がある。
その日、最後の授業が算数だった。
先生は黒板に問題を書いた。
「これが解けたら帰ってよろしい」
爆弾発言である。
日本の、いや、世界の小学生にとって夢のような話だ。
どんな問題だったか忘れたが、これが簡単に解けたんですよ。
その後の私を知る人には信じられないだろうが解けました。
恐る恐る先生に差し出した。
「帰ってよろしい!」
うっひゃ〜!
夢かまことか、天下を取ったような気分で、あたふたと教室に残る哀れな者共を尻目に飛んで帰った。
鼻高々で母に報告。
満ち足りた時を過ごして後、おりこうちゃんの私は宿題をしようとランドセルをあけて愕然とした。
国語の教科書がない!
うれしさのあまり机の中に忘れてきたのだ。
こんなこと誰にもいえませんよ。
こっそり家を出た私は、人目を避けてこそこそと学校へ向かい、校庭に誰もいないのを確認してこそ泥のように教室に入って、教科書を服の中に忍ばせて、こそこそと家に帰った。
天国と地獄であった。