きのうは、カルチャーセンターの人物画教室、先週から始まった裸婦の二回目。
前回、イーゼルを立てた場所をおぼえていなければならない。
床にテープをはって目印にする人もいるが、私みたいに、「まあ、このへんだろう」の人が多い。
どこからの視点で描くかというのが、ふつうは問題になる。
ウチの先生はちがう。
この道70年の先生は、モデルを一目見たら、全方向から見た姿が、頭に入ってしまう。
モデルさんの休憩時間に先生に絵を見てもらうことがあるが、ここがおかしい、この角度はちがうと指摘される。
モデルを見る必要が無いのだ。
「人体構造」が完全に頭に入っていて、目が「カメラ状態」になってるから、ポーズを見た瞬間、脳に定着するのだろう。
きのうも、私は、まあ、このへんだろうとイーゼルを立てた。
私の前では、80歳くらいの女性が、やはり、まあ、このへんだろうとイーゼルを立てた。
女性の位置が、先週とちょっとちがうように思ったが、ちがうのは私の方かもしれない。
二人のデッサン力からすれば、描く場所が少々ちがっていても、どうということはない。
と思います。
描きはじめてしばらくして、その女性が先生を呼んだ。
白髪のもしゃもしゃ頭、仙人のような先生は、80半ばとは思えぬ身軽さだ。
「う〜ん・・・この角度はおかしいネエ。お宅さんの位置は、もうちょっとそっちやったんとちがいまっか?そっちからやったら、この角度でええんやけどね」
「いや、私はここでした」
「ここやと、この角度にはならんけどね」
「モデルさんが、動きはったんやと思います」
「いや、モデルさんは、動いてはりません」
飄々とした先生だが、こういうことは間髪を入れず実に明快にきっぱりあっさり切り捨てる。
「お宅さんは、先週、もうちょっとそっちで描いてはったんとちがいまっかなあ。それやと、この角度で、ええんやけどね」
女性は、がんこにも、自分は動いていない、と繰り返す。
身の程知らずにもほどがある。
自分は動いていないと訴える女性を見て、先生はにっこり笑った。
「・・・そうだっか。はじめからここで描いてはったんでっか。そしたら、はじめから狂とったんやねえ。・・・えらい、悪いでっけど」