若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

トマス・ウエントワース

シセリー・ヴェロニカ・ウエッジウッド著『トマス・ウエントワース』という本を読みました。

トマス・ウエントワースというのは17世紀イギリスの政治家で、名前も知りませんでした。

本を読むきっかけっていろいろありますが、これはちょっとかわってます。
17世紀絵画の巨匠アンソニー・ヴァン・ダイクの画集の中で彼の肖像画を見たんです。
↓これです。

この肖像画を見たとき、「むむ!お主、できるな!」と思いました。
すばらしい面構えじゃありませんか。
敵にまわせばこれほど恐ろしい男はなく、味方にすれば頼もしい限りだがそう簡単に気は許せない。

私みたいな、敵にまわしてもこわくはないし、味方にしても頼りない男とは大違いですよ。

いったいどんな男なのか。
画集の解説では、清教徒革命で首をちょんぎられるチャールズ一世の腹心です。
議会を敵にまわしたチャールズ一世のために奮闘して、議会から死刑を宣告される。
当時の制度では、王様は議会の決定に逆らえないんですが、何しろ最も信頼している家臣に対する死刑宣告だから、王としてはサインできない。

ロンドン塔にとらわれていたウェントワースはそれを聞いて、手紙を書く。
「陛下がサインしなければ大変な混乱が生じます。速やかに私の死刑宣告にサインしてください」

王は泣く泣くサインして、死刑が執行された、というんです。

くわしく知りたいと思ってアマゾンで調べたら、この本が見つかったんです。

アメリカの古本屋さんから届いた本を見てびっくりしました。
1961年出版の400ページもの大冊ですが、初めから終わりまで、アンダーラインがびっしりひきまくってある。
古本もたくさん買いましたが、これほどひきまくってあるのは初めてです。

そのワケはすぐわかりました。
この本のもとの持ち主はアメリカの歴史学者で、この本の書評を書いてるんです。
線を引きまくったはずです。

さて、トマス・ウェントワース。
著者によれば、平民ながら当時のイギリスを代表するような資産家の息子で、恐ろしく野心的で、自信家で、出世欲に燃え、頭が良く、雄弁家で、決断力に富み、やると決めたら相手がどんな有力者であろうと構わず、万難を排して徹底的にやるし、困難な立場になればなるほど力を発揮する、エネルギーのかたまりみたいな男。

まあ、絵で見るとおりですね。
さすが、ヴァン・ダイク、見事に描ききってます。
すばらしい!

いろんな能力に恵まれた男だったようですが、著者によれば、なかでも、敵を作る能力がすごかったというんです。
しかも、敵を作る能力は年とともに大きくなったそうです。

つまり、まわりは敵だらけですよ。

ひとつは時代が悪かったんですね。
王制がダメになっていく時代に王様についてしまった。
そして、その王様が、どうしようもない困った王様だった。

画集でのチャールズ一世の評価は、「美術に理解のある王様」です。
ヴァン・ダイクの才能に惚れ込み、主席宮廷画家に任命して年金を払ってやる。
この年金の支払いが遅れがちだったと画集に書いてあって、不思議に思ってたんですが、この本を読むと、王様はカネに困ってたんですね。

カネはないけど美術に理解がある。
困った王様です。

当時ヨーロッパで評判のルーベンスを招いて宮殿に壁画を描かせる。
カネもないのに。

イタリアで、ルネッサンス絵画の一大コレクションが売りに出されると聞くと、まとめ買いして世界をあっと驚かせる。
カネもないのに。

まあ、そのおかげで、美術後進国イギリスが、フランスのブルボン家、スペインのハプスブルグ家と並ぶ美術コレクションを誇れるようになるんですが。

こういう王様のために必死で働いたのだから憎まれますよ。

もうひとつ、この男は、「自分は別」という感覚がふつうじゃなかった。

イングランドで小麦が大凶作の年があった。
国政を預かるものとして、ウェントワースは、「買い占め防止令」「売り惜しみ防止令」などを発令して、徹底的に取り締まります。

その一方、国元の家来に手紙を出す。
「今ロンドンは小麦が暴騰してる。手に入るだけの小麦を買い占めろ!ガバッと儲かるぞ!」

国元から返事が来る。
「ご主人様の防止令が行き届いていて買い占められません」
「ばっかもん!儲け損なったではないか!」

本人は、「貧しい者、弱い者のために働くのが私の使命である」と宣言してるんですが、まあ、それとこれとは別、という感覚だったようです。

死刑宣告を受けたときのトマス・ウェントワースは、イングランドで最も憎まれた男だったそうです。

彼に対する評価は、現代に至るまで定まらず、「愛国者」から「国賊」までいろいろだそうですが、それだけに読み応えのある面白い本でした。