絵に関する本をいろいろ読んでます。
絵に関する本を書く人もたいへんだなあと思います。
絵に関する本は腐るほどある。
今までにないことを書かなければならない。
昔は、「マネの父親はこういう人だった」でよかった。
そのうち、「マネの祖父は・・・」「マネの曽祖父は・・・」「マネの母方の祖父は・・・」となり、今では、「マネ家の女中の祖父は・・・」まで行かないとネウチがない。
たいへんですよ。
ロス・キングという人の『パリスの審判』というのを買いました。
どこで知ったのか忘れました。
ニューヨークから届いたんだから、たぶんアマゾンで知ったと思います。
印象派のころのフランス美術事情を書いた本ですが、これが細かい。
当時のパリの馬車の御者は、ほとんどが元絵のモデルだったと書いてある。
よく調べましたね。
絵のモデルというのは、低賃金だったと言いたいらしい。
「落選展」について書いてあります。
「落選展」は、印象派のことを書いた本なら絶対出てくる。
1863年、フランスの官展「サロン」は、それまでにない厳選となって、大量の落選者を出した。
べつにいいじゃないか、と思いますよね。
よくない!
困る!
誰が困ったかというと、画家が困った。
当時の画家は、芸術家というより職人だったようです。
「サロン」は、美術展というより、「見本市」「自動車ショウ」みたいなもんだった。
入選すれば、「商品価値あり」と国が認めたことになる。
生活かかってます。
で、職人たち、じゃなかった芸術家たちが抗議の声をあげて、その声が時の皇帝ナポレオン三世の耳に届いた。
この人は、ナポレオン・ボナパルトの甥というだけが取り柄の人だった。
と思います。
メキシコで戦争を起こして負け続けたりして焦ってた。
国民の人気を回復しなければならない。
で、落選展を開こうということになった。
国民の気をそらす作戦です。
ナポレオン三世は、アルジェリアで反政府運動がおこったとき、パリで人気のあった手品師を派遣してるんです。
アルジェリアの人の気をそらす作戦です。
政権への不満を抑えるには、国民の気をそらすのが一番だと考えていた。
「落選展」
インパクトありますよね。
皇帝の思惑通り、パリは大騒ぎになったそうです。
「落選展」を開く前に、どんな作品が落選したのか、皇帝自身が確かめたそうです。
皇帝は、絵には関心なかった。
皇帝に会ったイギリスの貴族が、「有名な画家の名前さえ知らない」とあきれてます。
その皇帝が絵を見てどうする?と思うのは素人の浅はかさで、権力を握ったら、何でも自分の思うままだと考えてしまう。
そして、目の前に並んだ落選した絵を見て、皇帝はかっくんとなった。
宮廷に飾ろうと思って自分が注文した「フランスの四季」という絵が落選してた。
おまけに、ある画家がうやうやしく描きあげた皇帝妃の肖像画も落選してた。
絶対君主ナポレオン三世の心中やいかに。
「落選展」がありました、というだけでは本にならない。
ここまで調べて書かなければならんのかと感心しました。