また鬼太郎である。
朝の電車で私はいつものようにドアのところで本を読んでいた。
いつものように次の駅で鬼太郎が乗ってきて私の前に立った。
彼の定位置である。
私が本を読むのをやめて目を上げるとまん前に鬼太郎の顔がある。
贅沢を言わせてもらえば、もう少し左か右に寄ってもらいたいところだ。
彼はこの位置を譲らない。
少し混んで押されるようになっても足を踏ん張って動こうとしない。
さて、私は本を読んでいたが、彼が意外な動きをしたのに気づいた。
ポケットから例のクリームの入ったプラスティック容器を取り出したのだ。
髪の毛をぴんぴん立てていた時に愛用していたものだ。
「鬼太郎カット」に変えてからは出番がない。
それをなぜ?
おかしいではないか。
前みたいにクリームを指につけては髪の毛を触っている様子に、目を上げて鬼太郎を見た私は思わずあっと声をあげて危うく本を落としそうになった。
なんと、鬼太郎は、前髪をたらして顔半分隠した鬼太郎カットはそのままに、頭のてっぺん部分の髪の毛を前みたいにぴんぴん立てていたのだ!
私はうなった。
やるな、鬼太郎!
一粒で二度おいしいグリコアーモンドキャラメルに匹敵する大胆かつ単純なアイデアだ。
今朝のクラスの話題は独り占めだ。
しばし鏡を見ながら頭頂部分の髪の毛を入念に逆立てていた鬼太郎がまたしても意外な動きを見せた。
あれほどこだわっていた定位置を離れ、かばんを持って私から遠ざかって行ったのだ。
どうしたのだ鬼太郎!?
私に何か不手際でもあったのか?
不安にかられながら彼の行く手を見つめた。
彼は、私のいる向かい側のドアの前に立った。
カバンをどさっと置いた。
と思うまもなく、すぐまたカバンを持って移動し始めた。
これはいったい?
次の瞬間私は悟った。
今朝から車内天井の送風機から風が吹き出している。
その風が鬼太郎苦心のぴんぴん逆立てた髪の毛に吹きつけていたのだ!
私から離れて向こうへ行ったものの、そこでも頭頂部に激しく吹きつけられ、鬼太郎は安住の地を求めて車内をさ迷い歩きはじめたのだ。
私は鬼太郎の姿を追いながら、「吹けよ風!起これ嵐!ヒエロイムエッサイム!」と呪文を唱えた。
わが祈りは通じ、車内の全送風機は突如轟音を上げて凄まじい風を送り出し鬼太郎の髪の毛を無茶苦茶にした。
見たか鬼太郎!