しみじみとしていた私に尊師が言われた。
「K原君に、曲変えるよう電話してもらえますか」
?私が?
私がいつからK原君担当に?
首をひねりつつ、はっと気がついた。
尊師はK原君をもてあまして、と言うと語弊があるが、扱いかねてと言うよりもっと穏当な言葉がないかと思うが、まあ、そんな感じなのではないか。
尊師の黒魔術が通用しないのだ。
魔術と言うのは正気の人を狂わせるものなのだ。
狂わされた私が言うのだから間違いない。
しかし、彼が素直に変更に応じるだろうか。
恐る恐る電話した。
「『サイレントジェラシー』のギター、ぼくにはムリや」
「そうですか、他に何か鹿之助さんのおすすめの曲ありますか」
あっけなさに驚くと同時に、「鹿之助さんのおすすめの曲」と言う言葉にひっかかった。
「キミが歌いたいのならカラオケででも」
「いや、何か鹿之助さんのおすすめの曲があれば」
いやに私のおすすめにこだわるではないか。
曲を決めてから電話するように言った。
翌日、電話がかかった。
「ビートルズの『ドライブマイカー』か『インマイライフ』か、どっちがいいですか」
私の心に黒雲のように疑念が沸き起こった。
こいつ、私に気を使ってるのか?
そんな男ではないはずだが。
以前、エアロスミスの曲をいっしょにしたとき、彼がいつものようにはじめっからギャンギャンわめきまくるので、私が、「最初抑え目にして徐々に盛り上げたら?」と言ったことがある。
彼は、「大きなお世話です」と答えた。
その彼が私を気遣うということがあるだろうか。
彼は私がビートルズが好きだったことを知っている。
二曲ともギターは難しくなさそうだ。
私のために選んでくれたのか?
そういえば、9月にエアロスミスの「アメイジング」をしたとき、「ギター、大丈夫ですか?」と電話をしてきた。
私は、泣く子も黙り尊師の黒魔術も寄せ付けない24才の地獄の狂獣に気遣われているのか?
激しいしみじみ感に襲われた。
私の存在基盤を揺るがすようなしみじみ感だ。
私が年老いてバスから降りようとして見知らぬ若者が手を貸してくれたときに感じるであろうようなしみじみ感だ。
これははっきりさせておく必要がある!
こっらー!おさむ!(K原君の名前)
ワシに気ィ使とるんか!
しばくぞ!