非常に懐かしい名前だ。
戦後すぐ大流行した覚せい剤「ヒロポン」を店に並べて摘発された男がいるというニュースを見てしみじみとしてしまった。
この男も、「なつかしの商品」として並べたのだろう。
「ヒロポン」は、もともと軍隊で使用したものらしいが、敗戦とともにヤミに流れて全国で流行したようだ。
名前の響きが面白いので、子供には人気のある商品名だった。
当時近所にいた「ひろちゃん」という男の子は、もちろん「ヒロポン」と呼ばれた。
小さかった私には、「ヒロポン」がどういう物かわからなかった。
名前の感じからは、それほど悪いものとは思えないのであったが、電柱や掲示板には、こんな張り紙がしてあった。
「ヒロポンは、親泣く子泣くわが身泣く」
私には、「親泣く子泣くわが身泣く」が何を意味するのかわからなかったが、それでもなんとなく、「ヒロポン」は悪いものだろうなあと思っていた。
近所にものすごく太ったおばさんがいた。
恐そうな人だった。
あるとき母が父に、あの人は「ヒロポン」を打っているらしい、と話すのを聞いて、私は震え上がってしまった。
そのおばさんが恐くてたまらなくなった。
「ヒロポン」は、どことなく愛嬌があったが、そのおばさんには愛嬌がなかった。
おばさんと結びつくことではじめて私の中で「ヒロポン」も恐ろしいものになった。
しかし、今やそのおばさんの記憶は薄れてしまい、「ヒロポン」という明るい響きだけが残り、「ヒロポン」は私にとって幼年期の懐かしい思い出の一つになった。
どれくらい泣いた人がいるのか知りたい。