会社帰りの電車で、つり革を持って本を読んでいた。
ドアのところで、母親と、小学低学年と思える男の子が二人立っていた。
男の子達は、「座りたい−」と駄々をこねている。
母親は、「しかたないでしょ。がまんしなさい」という風なことをいろいろ言った。言うのはいいが、実に無気力な言い方だ。よほど疲れているのだろうか。
私の前の席が空いたので、子供を呼んだ。
母親は無表情に黙っている。
男の子は、座るとすぐふざけだした。
母親は、「やめなさい。周りの人に迷惑でしょ」と言った。言うのはいいが、これまた実に無気力な言い方だ。子供の心に届くわけがないという言い方で、事実子供はおかまいなしにふざけていた。
バスに乗ると、母親が、三歳くらいの男の子をひざに乗せて座っていた。
男の子は、母親の膝に座るのが気に入らないらしく、「おかあさん、じゃまー!おかあさん、じゃまー!」と駄々をこねていた。
かなり前から駄々をこねていたようで、母親はすでにキレ気味であった。
「自分で座りたかったら、向うの席で座りなさい!」
「いやー!いやー!お母さん、向うに行ってー!」
「何を言ってるの!」
子供が駄々をこねて、母親がキレているのはいい感じだ。
母と子のあるべき姿と言える。
男の子が泣き出した。
無理矢理泣いているような泣き方で、ほほえましい。
母親が、憤然として立って子どもを座らせた。
憮然たる表情の母親に近づいて、「お母さん、今があなたの黄金時代ですよ」と言おうと思ったがやめた。
マキちゃんが、メールで息子の写真を送ってくれた。
彼女は、私がインターネットを始めた頃知り合った人だ。「鹿せんべい飛ばし大会」を見に来て、自分のホームページに、「若草鹿之助?ふざけた名前付けんじゃねー!」「おまけに、鹿之助、歌はイマイチ」などと書いていた。
それを見つけた私は、大喜びで涙の抗議メールを送った。
彼女はよほど驚いたらしく、平身低頭謝って、失礼な箇所は削除しましたのでご確認ください、と言ってきた。
彼女がいかに焦っていたかは、住所氏名まで書いてきたのでよくわかる。
そのマキちゃんが男の子を産んだ。
写真をねだって送ってもらっていた。実に可愛い男の子だ。
今回いっしょに写っていたマキちゃんを見て感心した。
三年ぶりで見る彼女は、「私は母です!」という顔になっていた。
えらいもんだ。