若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

手紙

家内が、「Nさんの手紙が出てきたよ」と言った。
たんすを整理していたら、「手紙袋」があって、その中に去年死んだN君からの手紙があったのだ。

「手紙袋」というのはデパートの紙袋で、はがきや手紙がぎっしり入っている。
私が学生時代に下宿から母に出したものがほとんどだ。母が保存していた。週一、二度は書いていたので、かなりの量になる。
そこに、あとで私宛に来た手紙も入れたので、たまたまN君の手紙が残っていたのだろう。

その手紙はまったく記憶になかった。
昭和52年のものだ。N君も私も結婚して間もない時である。
内容からすると、私が書いた手紙に対する返事だ。

「スキー、テニス、マラソン囲碁、いろんなものに意欲的に取り組んでいます。英会話も始めました」と書いてある。そして、私をうれしがらせるような、N君の人のよさ丸出しの文章が続き、「さて大ニュースです」
なんだ?

「私たち夫婦は第一子を授かりました!」
大喜びしているN君の童顔が目に浮かぶようだ。
日に日に変化する奥さんの身体を眺めて、「いたわってやらなければならないと思います」
殊勝な心がけでN君らしいなと思って読んでいたが、その文章に続いて、赤インキで奥さんの文字。
「大ウソです。毎日こき使われているんですよ」

初めての子を授かった仲のいい新婚さんの、喜びがあふれ出てくるような手紙だ。
こんなことを書くとN君に悪いが、N君は字が下手だ。
奥さんは中学の先生だけあって、いかにも先生らしいきちんとした上手な字だ。
N君の下手な字のあとに、赤インキで奥さんがきれいな字で書いているので、まるで先生と出来の悪い生徒という感じでおかしい。

しかし、この手紙で一番おかしいのは「宛名」だ。
私宛だから、もちろん私の名前が書いてある、はずだ。
私の本名は「實」だ。
「実」であるが、よく「寛」とまちがう人がいる。

N君は、長年の友人である私の名前をまちがって書いている。
しかも、「實」でもなく「寛」でもない。
ヘンな字だ。
「寛」の出来損ないみたいな字である。

なんじゃこれは。
N君、第一子を授かった喜びのあまりということで、今回だけは許します。