若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

風船

新聞に「仕掛け絵本」が人気だと書いてあった。
開くと、家や動物なんかが立ち上がってくるような仕掛けの本だ。

たしかに楽しくうれしい。
なぜ楽しくうれしいのか。
「おまけ」みたいなものだからか。
ふつうは絵と字が書いてあるだけなのに、絵が飛び出してくる。
中身が楽しくて、その上絵が飛び出せば理想的だ。
しかし、「中身」より「おまけ」に目を引かれるのは人間の悲しい定めだ。

仕掛け絵本」から「人間性」へと強引に話をもっていくのは私の悲しい定めだ。

今朝、駅で電車を待っていた。
ボーっと待っている。
気合を入れて待つことはない。

ボーっとしていたから、アレッと思った。
風船が空に上がっていくのが目に入ったのだ。
「古典的風船」ではなく、円盤型の風船である。

高架の駅だから、私の目に入るまでにだいぶ上昇している。
ふわふわと上がっているのではなく、すーっと一直線にあがっていく。
向かい側のホームの屋根に隠れてすぐに見えなくなった。

楽しくうれしい。
これも「おまけ」の一種だ。

糸の切れた風船が好きだ。
たとえば、子供が泣いていてお母さんが困ったような顔で見上げる先に、電線に引っかかった風船がある。
いい感じだ。

「生者必滅会者定離」と、またたいそうなことを考える。

糸の切れた風船を見て、しみじみほのぼのしない人もいるだろう。
その人が糸の切れた風船みたいな人だからだ。

私みたいに、人生の目標をはっきりと定め、その目標に向かってわき目も振らず一直線に突き進んでいる人間から見ると、なんのしがらみもなくふわふわとただよう風船がうらやましい。

今朝見た風船は、ただよっているというより一直線に上昇していたので、それほどうらやましい気はしなかった。