若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

散髪

三十年近く同じ店に通っている。
料金は、上がっているのだろうが、たいして変わっていないように思う。

中学一年の英語の授業で、先生が、アメリカでは散髪代が10ドルです、と言ったとき腰を抜かさんばかりに驚いた。
3600円!
その少し前はやった歌に、月給13800円という歌詞があった時代だ。

今なら、散髪代は5万円、と言われたような感じだろう。
逆に今、散髪代10ドルなら、千円ほどだ。
散髪が変わったのではなく、世界経済における日本の位置が変わったのだ。
散髪も世界経済に組み込まれている。

1960年代に日本に来たイギリスの詩人が、散髪屋に行った時のことを書いていた。イギリスでは経験したことのない驚くべきていねいさで散髪をし、ひげをそってくれたうえ、肩までもんでくれて、いくらとられるのかとびくびくしていたら、料金は、「払うというのも気の毒なくらい」の金額だったそうだ。

中学の近くに「○○理容学院」があった。
私たちは、「散髪学校」と呼んでいた。
散髪学校で散髪すると、料金が半額くらいであった。
生徒の練習台である。
私は行く勇気がなかった。

小学校のころ、近所には何軒も散髪屋があった。
あるとき、私たちの間を衝撃的ニュースが駆け巡った。
ある散髪屋が、「キャッシュバックサービス」をはじめたと言うのだ。
散髪代を払うと、十円くれる!
この店は爆発的にはやりました。

高校から大学にかけて、散髪屋でひげをそられる時、こそばくてしかたなかった。

大学の時、下宿の近くの散髪屋は、夫婦と娘さんでやっていた。
娘さんにひげをそられるのが恐怖であった。
主人より奥さんより、娘さんに顔をさわられるのが一番こそばいのである。

娘さんがそるとなると、私は身体を硬直させ歯を食いしばって、こそばさに耐えねばならなかった。
それでも笑ってしまって、娘さんが、「あらあら」と言って手を止めなければならないことも何度もあった。

あるとき、娘さんにひげをそられていて、例によって、目をぎゅっと閉じて、歯を食いしばり、こむら返りを起こしそうなほど足を突っ張ってそっくり返り、ムフ!ムグフフ!と鼻息も荒くこそばさに耐えていた私がふと目を開けると、途中で交代したのか、そっていたのはおじさんだった。
なんじゃ。

その瞬間、こそばくなくなったのは青春の七不思議である。