本屋で西郷信綱著『日本古代文学史』を見つけた。
この本を教科書に西郷先生の講義を受けたことがある。
文庫版になった『日本古代文学史』を手に取ると、四十年前の講義の様子がついきのうのことのようにまざまざと浮かび上がればいいのだが、そうはいかん。
先生は、若いころ斎藤茂吉に心酔しておられて、「茂吉の日記に、『西郷が来た』なんて、書いてあるんですよ」と話されたのを覚えている。
もう一つ覚えていたのを以前に書いた。
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=308273&log=20040614
大学を卒業してからのことだが、古本屋で『宇津保物語』全三巻を見つけて買った。
講義で『宇津保物語』について聞いた時、私好みの話だと思っていたのだ。
先生は、『源氏物語』に先立つ「偉大な失敗作」と言っておられた。
俊蔭という天才少年が遣唐使に選ばれるが、難破して南の国に流れ着く。
そこで仙人から琴の手ほどきを受け、帰国後天才ミュージシャンとして活躍というとんでもない発端から、恋と権力闘争、まあ、『竹取物語』と『パルムの僧院』をごっちゃにしたようなものだと言えば、なるほど失敗作だと納得されるであろう。
『古代文学史』の中で、とてもケチな貴族が登場するのを大きく扱っておられた。
私好みだ。
当時のセレブたちが贅沢を競い合っているのに、「庭なんかもったいない」と言って畑にするような男が活躍する。
『源氏物語』は読み通せなかった私だが、『宇津保物語』は苦労しながらも面白く読み終えた。
それだけでも先生の「古代文学史」に出たネウチがあると言うものだ。
面白い本を教えてもらうのはありがたい。
高校の同窓のY君が、東京の同窓会で、名著じゃなかった拙著『今日はラッキー!』を紹介してくれたところ、A君が私のことを思い出した。
A君とは二年のとき同じクラスで、特に親しかったわけではない。
そのA君に、私が、ウイリアム・アイリッシュの『幻の女』を読めと言って貸したという。
こんな面白い小説があるのかと感激したそうだ。
覚えてません。
A君は、私のことを、青春の日に一生忘れられない面白い本を教えてくれた男として記憶していると言う。
「ボクのことは忘れているだろうが」
覚えてます。
いつも眠そうにニコニコ笑ってた人だ。
政府税調の委員をしているそうだが、委員会で寝てると思う。