バスで。
お母さんと、一年生くらいの女の子と三歳くらいの男の子。
色の白い、ぽっちゃりした、お目々ぱっちりの子供たちである。
同じ、ぽっちゃりぱっちりの中にも、姉には「しっかり感」があり、弟には「甘えた感」がある。
典型的姉弟だ。
運転席に向かって並んだ一人がけの席に座った。
前の席におねえちゃん、後の席でお母さんが男の子をひざに乗せている。
お母さんがアメを渡して、自分もほおばった。
非常に小柄であるだけでなく、非常に無口な人だ。
無言のまま、三人はアメをなめていた。
しばらくして、かすかに、カリッという音がした。
女の子がぱっと振り向いた。
「こーちゃん、アメかんだでしょ」
弟はぎくっとした表情を浮かべた。
「こーちゃん、アメかんだでしょ」
弟は、口をへの字に曲げた。
上目使いにおねえちゃんを見ている。
黙秘権を行使するつもりのようだ。
おねえちゃんは、座席にひざ立ちになって完全に後ろを向くと、弟を見下ろした。
厳しい表情である。
弟を許せない。
アメをかんではいけないのだ。
お母さんがいつも言うではないか。
おねえちゃんは、ぐっと顔を近づけて、弟をにらんだ。
「こーちゃん!アメ、かんだんでしょ!」
はっきりとした詰問口調である。
弟は、口をぐっとへの字に閉じたままだ。
おねえちゃんの顔に、手詰まり感がただよう。
思わぬ抵抗に、攻めあぐねている。
と、おねえちゃんは、さっとお母さんの方を見た。
「お母さん、アメかんだ?」
お母さんは、黙って首を振った。
非常に小柄で非常に無口な上、非常に無表情な人だ。
女の子は勝ち誇ったような表情でにっこり笑った。
さげすみあわれむように弟を見て、「アメかんだの、こーちゃんやね」と、無慈悲に宣告した。
満足の微笑を浮かべて席に座った姉の後頭部を、男の子は無言でにらみつけていた。
突如、男の子が立ち上がった。
眼をむき鼻をふくらませ、すさまじい表情で舌をべろべろべろーんと出して、頭を激しく振って、おねえちゃんの顔をのぞきこんだ。
心の中で、「おねえちゃんのバカ〜!」と絶叫している。
おねえちゃん、フンと鼻で笑って無視。
お母さんのひざに戻った男の子は、よほど腹にすえかねたか、もう一度立ち上がると、おねえちゃんをのぞきこんで、頭を激しく振ってべろべろべー!をした。