会社の帰り、改札口を出ると、大きな声が聞こえた。
「あ〜はっはっはっは!あーはっはっはっは!」
あの老婦人が笑っていたのであった。
両手をひろげて、大声をあげて笑いながら、駅前広場をあっちへこっちへ、夢遊病者のごとくにさまよっている。
夢遊病者を見たことがあるのか、と聞かれると困るが、一応、「夢遊病者のごとくに」ということにさせてください。
だいたい、「夢遊病」てあるのかな。
どこから見ても狂女であるが、駅ではおなじみの婦人だから、誰も驚かない。
と思います。
この人は、何年か前、駅前で手を合わせて黙祷することから活動を始めた。
しばらくして、黙祷が、読経になった。
般若心経だと思うが、確認したわけではない。
なにか悩みがあるのだろうな、と邪推しながら見ていた。
はじめは、控えめに、駅の片隅に立っていた。
読経も小声であったが、徐々に駅中央に進出、声も大きくなり、一番驚いたのは、服装が派手になって、ショッキングピンクのスーツを着だしたことだ。
80歳前後と思えるこの人が、ショッキングピンクのスーツを着ているだけでもきついのだが、いつ見ても同じスーツなのでよけいにイタイ。
黙祷から読経、読経が演説になった。
「親からもらった命、粗末にするなー!」などと、迫力のない間の抜けた声を張り上げていることもある。
改札口から出てくる人に、「お帰りなさーい!お帰りなさーい!」と声をかけることもある。
そして、ついに笑い出したのだ。
いつもこの人といっしょの中年男性も、大声で笑っていた。
老婦人と中年男性が、両手を大きく広げて声を上げて笑いながら、駅前をうろうろしている。
おもしろくおかしいような、さびしく悲しいような光景である。
ここへ、施設のN老人をつれてきたらどうか。
「笑うな〜っ!」と一喝しますよ。
おもしろさとさびしさ倍増です。