若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

慈雲尊者

岩波文庫の『般若心経』を読む。

般若心経を理解しようなんて気持ちはさらさらありません。
「解説」に、何か面白いことが書いてあるかもしれないという、浅はかで罰当たりな気持ちで読むだけです。

日本で読まれている般若心経は、玄奘三蔵が訳したものだが、もともとのサンスクリット語の写本は、中国にもインドにもなくて、法隆寺にあるそうです。

法隆寺にあるサンスクリットの写本を、江戸時代後期、慈雲尊者という人が出版したと書いてあるのを読んで、私の頭の片隅が、ピクン!となった。

「慈雲尊者」

どっかで聞いたなあ。

しかし、ありそうな名前です。
ありそうな名前だけど、頭がピクンピクンする。

ピクンピクン、長栄寺か?

長栄寺というのは、奈良に引っ越す前住んでいた家の近くの寺だ。
街の中の、普通の、さびしい寺だったが、子供心に、ちょっと立派な感じがした。

境内に石碑が建っていて、小学生のころ、誰が言い出したのか、その石碑が地獄とつながっていると言う。

なぜそんなことを言うのか。

石碑に何と彫られていたか子供にはわからなかったが、その一字の深く彫られた部分に耳を当てると、「ゴォ〜ッ!」という恐ろしげな音が聞こえたのです。

音が聞こえたのはほんとです。
私も、半信半疑で耳を当ててみて、確かに「ゴォーッ!」という音を聞きました。

地獄とつながっているのは本当かもしれないと思わせる音でした。
あの音はなんだったんでしょうか。

この、長栄寺の案内板に、「中興の祖、慈雲尊者」と書いてあったような気がピクンピクンとするのであった。

インターネットで調べたら、その通りでした。
まったく久しぶりに私の脳に聞きたい。
なぜそんなしょーもないことを覚えているのだ。

長栄寺の住職の奥さんと、私の母が親しかった。
小学校の関係ではなくて、日赤婦人会、とかいうのでいっしょだったと思う。

「上月さん」と言っていた。

ネットには、慈雲尊者という人は、武家の出で、俗名「上月氏」とあった。

おお!
当時の住職は、慈雲尊者の子孫だったのか。

岩波文庫版般若心経を読んでよかったです。