A社社長の一周忌がすんで数ヵ月後、社員旅行に招待された。
招待客の中に、私は、「一周忌ロマン派詩人」を発見した。
しかし、彼は「詩人」には見えなかった。どこから見ても、ごく普通のオジサンであった。「あ〜!天国の○○さん!」と叫んだ面影は無かった。
バスが出発した。高速道路に入ると、カラオケ大会が始まった。幹事の指名で、次々と歌うのである。若い社員達は、Jポップかなんか知らんけど、ちゃらちゃらと歌う。オジサン達は、ド演歌をどろどろと歌う。
Bさんが、オジサン代表というねばっこさで「花と龍」を歌っている。「恋も涙も波間に捨てて」とか、なんかそんなことを歌っている。「それが男さ、花と龍」と気持ち良さそうに歌い終わった。
次に指名されたのが、今は普通のオジサンに成り果てたところの「ロマン派詩人」であった。
しかし、彼がマイクを持って立ち上がったとき、私は「異」なものを感じた。
普通じゃないと思ったのです。マイクを持って車内を見渡す視線が普通じゃない。挑戦的というか、挑発的というか、不敵な笑みを浮かべる寸前という感じだったのである。なかなかしゃべらないのである。じらしているのである。
車内の注意を十二分にひきつけておいて、おもむろに彼は言った。
「え、わたくし、皆様方が歌われるような歌は、一向に存じませんが、ご指名でございますので、シューベルトの『野バラ』を歌わせていただきます」
私は思わずのけぞった。
「野バラ」でっせ「野バラ」!社員旅行のカラオケ大会で!
彼は、ますます挑戦的に、いよいよ挑発的に、そして今やはっきりと不敵な笑みを浮かべて車内を見渡した。
「恐れ入ったか!平民ども!」という感じであった。
車内がシンと静まりかえったのを確認して、彼は歌い始めた。
私は再びのけぞった!
ド、ド、ドイツ語であった!「野バラ」をドイツ語で!
ホテルに着くと、宴会の後は、巨大スナックでのカラオケ大会。
ここでは彼は歌わず、なんと女性社員達を触りまくったのである。夫婦連れで来てる人の奥さんを触ってダンナとけんかになったりしたのである。
私は彼に言いたかった。
触るなとは言わない。触ってもいい。
しかし!
触るなら触る、野バラなら野バラ、どっちかにせーよ!
ドイツ語で「野バラ」歌うは触るはでは、ややこしてしゃーないがな。