若草鹿之助の「今日はラッキー!」

日記です。孫観察、油絵、乗馬、おもしろくない映画の紹介など

座席はこう取れ!忍法「空蝉」

 朝の電車は、大体顔ぶれが決まっている。
すぐ降りる人の顔ぶれも決まっているし、その後に座ろうと、彼らの前に立つ人の顔ぶれも決まっている。

 A子さんは、我が駅の次の駅で降りる若い女性である。彼女の前には大体、中年男性Bさんが立っている。
 その日のA子さんは、シートの端、ドア寄りのところに座っていた。いつものようにBさんが、彼女の前に立って新聞を読んでいた。
 いつもと違うのは、A子さんの横のドアのところに、見慣れない中年男性が立っていることであった。

 次の駅に着いた。いつものように、A子さんが降りて、いつものようにBさんが座ると思ったが、とんでもないことになってしまったのだ。

 A子さんが腰を浮かしかけた時、ドアにもたれていた男性が、妙な動きをした。リンボーダンスのように、腰をくねらせて身体を沈めた。と、次の瞬間、彼はA子さんの席に座っていた。
 A子さんは、まだ立っていないのですよ。腰を浮かしただけなのである。
我が目を疑った。何が起こったのか理解できなかった。スロービデオでもう一度見たいところであった。

 A子さんがまだ立っていないのにA子さんの席に座る。そんなことが可能なのか。ニュートン力学では、説明ができないのではないかと思う。
 これは、物理現象と言うより、心霊現象というべきかも知れない。中年男性がドアにもたれていると見えたのは幻影で、彼の本体は、背後霊としてA子さんの背中に張り付いていたのではないか。そして、A子さんが腰を浮かしかけた瞬間、背中から剥がれ落ちて、席に座ったのではないか。

 あるいは、蝉が、抜け殻を残して外界に出るように、このナゾの中年男性は、A子さんが脱ぎ捨てた殻なのか。

 いずれにせよ、A子さんは立ち上がった。そして降りていった。

 新聞を読んでいたBさんは、いつものようにおもむろに新聞をたたんで、席に座ろうとして前につんのめって窓ガラスに頭をぶつけそうになってとっさに右手を出して弓なりになった身体を辛くも支えた!
 空いているはずの席に、見知らぬ男が座っているではないか!

 Bさんは、すぐには何が起きたのか理解できなかったに違いない。
混乱から立ち直ったBさんは
「前に立っとるやないか!」と言った。
男は
「*ぬ○わ×く△〜!」と意味不明の言葉で答えた。