朝刊の投書欄。
91歳の男性が、最期のときを迎える心境などを書いておられた。
そういう歳になると、写経を始めるなどというのが普通でしょう。
その方の友人で、なんと、棺桶を買って、自分の部屋に置いている人があるそうです。
棺桶に入って、安らかに眠る練習をしているらしい。
コーチしてあげようかな。
備えあれば憂いなし。(この言葉、かまやつひろしさんが一番嫌いな言葉だそうです)
長女が幼稚園の時、「死にたい」と言ったことがある。
驚きました。
「どうして?」
「子供の時に一度死んでおいたら、大人になって死んだ時、帰ってくる方法を見つけられるかもしれないから」
私の父は、「備えあれば憂いなし」の人でした。
亡くなる何年か前、自分で肺がんの検査を受けると言って、検査入院したことがある。
非常に健康だったけれど、「坂道を歩くと息が切れる」というのである。
80過ぎですよ。
入院した日に私が病院に行くと、父はいきなり
「ワシの葬式やけどな」と話し出した。
あっけにとられている私を尻目に
「葬式は、駅前の○○社に頼め。電話番号言うからメモしとけ。49-4638」
電話番号を暗記してるということは、かなり前から、自分の葬儀について検討していたのでしょう。
「祭壇は和室に作って・・あのなー、おまえ、ワシの葬式、ちゃんと出せるか?」
「ムカッ!葬式がうまくいかんで中止になった家なんかあるか?」
しかし、結局、父のカンが当たって、この時ごく初期の肺がんが見つかったのであった。
手術がまた大変でしたね。
お医者さんや、看護婦さんからの説明を、父は私に任せておけないのである。
こういう場合、病院は老人を子ども扱いです。
父と私が並んでいても、お医者さんや看護婦さんは、私に話す。
それを私が、耳の遠い父に大声で伝える。父が、お医者さんに確認する。
それを何度も繰り返すうち、徐々に先生がイライラしてくるのがわかった。
全身麻酔の後、手術を受けて、回復室に移る、と先生が説明した。
それを伝えると、父は
「回復室に移るときは、洗面道具は持っていくんですか?」
ついに、先生がキレた!
「あのねー!全身麻酔!全身麻酔なんですよ!洗面道具の心配なんか、しなくていいんです!私と看護婦と息子さんに任せておけばいいんです!何も心配しなくていいんです!」
せんせ、落ち着いて!